進化と退化

 世界中に数えきれないドーム都市があるが、どのドーム都市の中も快適な環境が保たれている。各都市は人口10万人から大きな都市では100万人を超えている。ドーム都市で生まれ育ったものは一生ドームから出ることはない。それぞれの都市の人口は1万年前から一定の人口密度を保っている。その秘密は、死を迎える人間の数と生まれる子供の数が一致するように調整されているから。そもそも人間は死ぬことがないのだ。が、やむなくあるいは希望して死を迎える人間もいる。

 人間が死ぬことがない大きな要因は医学と科学的知識をもちいて開発された機械類や道具類、いわゆるテクノロジー産業のおかげである。生まれる前に遺伝子操作され、完全な健康体の子供を授かる。もちろん子供を持つことが許される人間はあらかじめ都市からの通達で知らされる。万が一、事故や病気が原因で命が危ぶまれるような事態になったときは、即座に代替え臓器があてがわれる。脳そのものも老朽化すれば人工知能に置き換わり、記憶が移植されてしまう。

 そんなドーム都市で育った私は、都市の外の世界にたまらなく興味を抱き、いつかは外の世界を確かめてみたいと思うようになっていました。あらゆる情報は都市そのものが統制し管理しているので、都市にとって不都合な情報には絶対にアクセスできないようになっている。都市にとってみれば、私のような者は一種の変異株だろう。そんな中、実質都市そのものが市民たちを支配していることに気が付いた少数の人間の不満がふつふつと水面下で煮えたぎっていたのです。私は地下組織の存在を知り、同じ疑問を抱いている人間と情報交換を始めたのだ。

 都市の成り立ち、歴史から外部の世界の情報まである程度知ることができたとき、実際にドーム都市を出て外部と接触したいと考えるようになってきました。

 ドーム都市は今から1万年前各地で建造された。地球温暖化に歯止めがかからず自然災害の猛威にさらされ、毎年世界中で多くの犠牲者が出た。建設にあたり、あらゆるテクノロジーを駆使して外界を遮断する術を得た都市の運営はAIに任されたのです。その根底には古代の「スーパーシティ構想」なるものが土台にあると知った。そこで大きな問題が発生した。都市に入る人間の選別です。住民が政府にコントロールされる時代が来るのではないかという不安が指摘されて、それが現実のものとなってしまったのだ。所得制限が線引きとなり、富裕層だけが都市に入り、それ以外は外界に取り残されてしまいました。

 ある日、組織の仲間でこの都市の長老と言われている老人と会うことができた。長老からこの話を聞かされて、ドームを出る方法を探っていると伝えたところ、快くドームを出る方法を教えてくれたのです。

「ただし、過去に何人もの人間が出て行ったが誰も戻ってこなかった。覚悟はよいか」

そして、ついに・・・その時がやってきたのだ。

どうやって都市を出たかって!

 長老の記憶中枢にアクセスして外界への扉を開くためのパスワードを入手したということです。

 外界は夏の時期、空気は澄んでいた。空気はドーム都市と同じ濃度だと思われる。樹木が生い茂りあたり一面に「土」がはびこっていた。土を実際に見たのは初めてだ。木の枝から何かが飛び出した。「鳥」だ。映像で見たことはあるが、実物に出くわしたのも初めて。見るものすべてが新鮮な刺激だ。

 辺りを1~2時間散策したとき、人の声らしきものが川のせせらぎに交じって聞こえてきた。近づいていくと向こうもこちらに気がついた。女だ。おびえた様子で立ちすくんでいたので優しく声をかけてみたが、言葉が通じない。当たり前だ。そこで用意してきた翻訳機を通してもう一度試してみる。いくつかの言語のうちやっとそれらしき言語が見つかった。

「僕はドームから来た、君の名前は?」

「私はミラ。ドーム都市は快適?」

「ドーム都市のこと知ってるの?」

「よく親や先生から聞かされていて、ある程度知ってますよ」

安心したのか意外と落ち着いた様子で話し始めた。私はその話の内容に衝撃を受けたのは間違いない。

 ドーム都市の建設後、急速に大気汚染が減少して温暖化は緩やかになり正常な地球環境が戻り、今まで安定的な気候変動で推移して、外部に取り残された人たちは一変して自然との共生を満喫している。誰にも制約されず、監視されず、自然のままに生き死に、1万年もの間を平穏に穏やかな歴史を綴ってきたというのだ。

彼女たちはドーム都市をどう思っているのか聞いてみた。

「あなたたちのおかげで地球は救われた。でも、あなたたちの心は1万年前と変わらず進化していない。むしろ退化している。過去に何人もの人たちがドーム都市から逃げてきた。住むに値しないドーム都市はすぐに破壊すべきだと思います。文明の利器は時に人の成長を妨げる。その最たる「AI」が都市を牛耳っていることで、テクノロジーだけが進化して、人間そのものは退化しているのではないでしょうか。かわいそうですが、私たちにはあなた方を助ける術を持っていません」

 私はもう二度とドーム都市に戻らないと心に決めた。

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 この度、過去にブログで紹介した記事を元に再編して書き下ろした「誰にも教えたくない写真上達法!パート1~4を出版しました。著者ページは以下のURLよりご確認いただけます。(なぜかPCでのみ閲覧可能)

https://www.amazon.co.jp/-/e/B08Z7D9VXK

写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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