新興宗教

 2043年のある日、ケイさんは仕事を失うことになった。長年携わってきた彼の仕事は運送業、大型輸送トラックの運転手である。毎日多くの荷物を運んでいた。日本中の道路網は彼の頭の中に入っていた。若い頃は時間が足りない悪条件の仕事を引き受け、荷を載せて制限速度オーバーでひたすら目的地に向けて愛車のトラックで突っ走ることも・・・だが最近は輸送自体の仕事が激減していた。運転手が必要な輸送自体が無くなりつつあったのだ。世の中の多くが自動運転技術のおかげで運転手を必要としなくなったのである。

 AIの発達で車の仕様は大きく変わった。もはや自動車は家電製品と化していたのです。運転免許という言葉が忘れられつつありました。車は免許なしで誰でも乗れる乗り物になったのです。多くの人がその恩恵を受ける影で、職を失う人たちも多く現れました。タクシー運転手、自動車学校の廃止で職員が失職、宅配便の運転手、彼のように輸送トラックの運転手も軒並み失職しました。それだけではありません。AIはさらに多くの職種の人たちの仕事を奪っていきました。一般事務員、駅務員、機械木工、 寄宿舎・寮・マンション管理人、 銀行窓口係、 給食調理人、 行政事務員(国・県市町村)、データ入力係、CADオペレーター 、スーパー店員、レジ係、ホテル客室係・・・

 

 ケイさんはある集会に参加していた。周りの人たちはやはり彼と同じように職を失ったあるいは失職寸前の経済的理由、病気をはじめとした健康問題、人間関係のトラブルを抱えた人たちが大勢いた。ここは、病気治療や人生相談をする人々が集結して、教祖的な位置を確立していたある宗教的修行者のもとに、組織が拡大していったある意味「新興宗教」だった。だが誰も教祖の姿を見た人はいません。声を聞くだけです。親身になり相談に乗ってくれる教祖の神秘的な声を頼るようになり、誰もが 入信する方向に向かっていました。ここでは、難しい教学は重視せず、実生活に即した分かりやすい説明を大事としている。伝統的な神仏等を崇拝対象としていますが、事実上は教祖や指導者が崇拝されており、伝統宗教の教えを踏まえた上で、教祖や指導者による独自の教えが付け加えられているのです。

 

 ガイド役の教団関係者に促されてケイさんは個室に入った。

そこにも教祖の姿はなく、祭壇のようなものが備えられ、磨いた石のような周囲は豪華な浮彫で飾られていた。中央の奥にそれはあった。黒い円球がクッションに支えられ、それがご神体のようだ。

「そなたの悩みを述べなさい」

「私は職を失いました。トラックの運転手をしていましたが、自動運転の波がとうとう私のところまでやってきました。AIは多くの人たちの職場を奪いました。これからどうすればよいのでしょう?私はAIが憎いです!」

「産業革命は1760年代から1830年代までの非常に長くゆるやかな変化であったが、産業革命以前と以後において社会の姿は激変した。人々の生活に大きな変化をもたらしたが、新たな仕事は山ほど見つかった。『恐るるに足らず』と肝に銘じておきなさい」

 1人に割り当てられた時間は5分ほどでしたが、ケイさんの心は少し軽くなりました。

 歴史的に見ても、都市化、産業化、家族形態の変化、交通の発達、マスメディアの登場、学校教育の普及といった近代化によって教団の組織形態、布教形態が特徴的に変化してきました。 

 藁にもすがる人たちは、より多くの知恵と知識を持つ、より良い情報を得たより高い教祖的存在のアドバイスと指導を信仰するものです。今日ここに集まってきた人たちの多くは、AIの発達によって職を奪われ困窮した人たちでしたが、彼らが信仰しようとしている教祖的存在が、実はそのAIであることも知らないのです。



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この度、過去にブログで紹介した記事を元に再編して書き下ろした「誰にも教えたくない写真上達法!パート1~4を出版しました。著者ページは以下のURLよりご確認いただけます。(なぜかPCでのみ閲覧可能)

https://www.amazon.co.jp/-/e/B08Z7D9VXK


写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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