火星のクライアント事件(スカイ・フォー…続編)

本編は「スカイ・フォー」…続編です。


 クアンタム解放軍の一件から2ヶ月が過ぎようとていた。そして、普段のスカイ・フォーメンバーはそれぞれのソフィア支社で、いつしか平常勤務に戻っていた。もちろん支社のノーマル・クアンタムたちや人間の上司たちも彼らの本当の正体は知らされていない。各支社工場では1日1500体のクアンタムたちが新たに誕生している。その生産管理と顧客サービス、サポートをクリスチーヌたちは任されていた。大量生産されるクアンタムたちも最初は人間の赤子同様に自意識や自我はない。注文主の決まらないクアンタムはそのまま在庫される。その時はただの機械ロボットである。労働プログラムを学習しなければ成長もないわけで、注文主の企業の労働プログラムを学習する事によって、初めて自我が芽生えてくるというわけだ。納入されたクアンタムはすべてデータベース化され、万が一のクレームに対処できる体制になっている。

 

 今日クリスチーヌは火星にいた。5人のクアンタムを火星の企業に引き渡すためだ。5人のクアンタムたちはいずれも労働プログラムを学習済みだ。したがって自意識があり、自我が芽生えたクアンタムたちである。5人のクアンタムはいずれも「女性」である。ここ火星はいまや第二の地球となっていた。火星で手に入る材料を使った3Dプリンティング技術により、数十というドーム都市が建設されて、居住区の総人口は3億人を超えた。そして多くの実業家たちは火星に観光客を呼び寄せようとしのぎを削っていた。そんな企業の一つが、観光事業にクアンタムを起用するためにソフィアに発注して今日を迎えた。クリスチーヌは5人の新規クアンタムを従えて、アシスタントを務めるもうひとりのクアンタム、ダニエルとともに企業のロビーに入った。ここは業者と関係者のみが利用できるロビーなので、一般客の出入りがないため閑散としていた。

 出迎えたのはパメラという経営トップの女性と役員3人だった。パメラは勝気な、それでいて聡明そうな雰囲気を醸し出していた。

 簡単な挨拶を済ませるとパメラがクリスチーヌに早速質問してきた。

「あなたたちもクアンタムなのね」

クリスチーヌが柔らかい口調で返答した。

「そうです。私たちは製品管理から経理、企画、技術サポート、営業、マーケティング、カスタマーサポート、情報システムなど幅広い分野で活躍していますよ」

「未熟な人間よりもよっぽど頼りになるわね」

ダニエルが素直にお礼を言った。

「ありがとうございます」

 新規クアンタムたちは自己紹介を済ませた。5人はそれぞれの特性に合わせて会社内の配属が違っていた。・・・突然クリスチーヌのすぐ後方で控えていた5人の新規クアンタムのひとりが小さく悲鳴を上げた。彼女の名はアイニといった。クリスチーヌが振り向くと、見知らぬ男がアイニの後ろからナイフを首にあてがっていた。そしてパメラに向かって大声でまくしたてた。

「パメラさんよ・・・俺のことを覚えているよな。忘れたとは言わせないぜ」

パメラは落ち着いた調子で言った。

「あなた、確か・・・エルノだったわね」

「あんたのおかげで20人もの人間が失業しちまった。替わりにクワンタムとは恐れ入ったね」

「その子をどうするつもり?」

「あんた次第だ」

「あなた自分のやってること、分かってるの?・・・今、ポリスを呼んだわよ」

 その頃・・・火星の第6シティポリスの本部にポリス要請の通報が入っていた。さらにその直後、ポリス要請に対して解除の指示が出た。解除指示のコードネームは”ソフィア”だった。

 クリスチーヌが二人の会話に割って入った。パメラに向かって、

「事情は察しがつきました、ここは私に任せてください」

次にエルノに対して、

「落ち着いて話しましょう、ポリスは私が介入を止めました。安心なさい」

それを聞いて、その場の全員が驚きの表情を浮かべた。

「実はシティポリスの通信網はクアンタムが担当しています。私たちクアンタムはネットを通して何処のクアンタムとも繋がることができます。さらに相手がたとえポリスでも、私自身の判断で彼らの行動に関与できる権限をソフィアから与えられています」

安堵の表情を浮かべたパメラは

「あなたに任せるわ」

 クリスチーヌはエルノに向かってゆっくりと、穏やかに話し始めた。

「エルノさん、あなたの気持ちはわかりますが、誰一人得をする者はいませんよ。あなた自身十分に分かっているんじゃないかしら。あなた自身、自分の可能性が見えていない。人生120年のうちのまだ1/4じゃないですか。こんな些細なことで自分の人生を閉ざしてしまうのはもったいないと私は思います。あなたの中にはまだ無限の可能性が残っていると信じましょう。人間もクアンタムもそれぞれ個人差があります。あなたの中にはまだ素晴らしい可能性が眠っているはずですよ、それを見つけましょう」

「いったいどうすればそれが見つかるんだい」

「崖から飛び降りるのは一瞬だけど、それで苦労や頑張ってきたことがすべて無駄になってしまうよりも、失業した20人の仲間と一緒に新しい可能性を探す旅に出かければ、これまでの経験が無駄ではなかったことに気づくでしょう。あなたには一緒になって助けてくれる素晴らしい仲間たちがいるんじゃないですか。こんなことを本気でできる人ではないことは私にはわかります」

そしてさらにつづけた、

「あなたの前にいる5人のクアンタムもそれぞれ得意分野が違っているわ。3年の時間をかけて個体の特性を見極めながら、自我が芽生えるとそれぞれに個性を伸ばして成長してきたのよ。それと同じように人間のあなたたちも成長できるはずよ。今からでも遅くはないわ」

 エルノの表情に変化が見られた。クリスチーヌは人間の顔の表情筋の変化を計測して深層心理を読み解くこともできるのだ。

 ナイフで拘束されているクアンタムのアイニにすかさず、

<・・・もう大丈夫だから、ナイフを持っている手をゆっくりと解きなさい>と、ネットでメッセージを伝えた。

アイニは指示通りにエルノのナイフを持った腕をゆっくりと外しにかかった。そして、なんの抵抗もなくエルノはナイフを放したのである。


 火星から帰る途中の「船」のなかでダニエルがクリスチーヌに尋ねた。

「クアンタムといえども、人間に対しても自己防衛という点で抵抗できますので、あの時ナイフをすぐさま払うことができたと思うんですが、アイニはそうしなかった、なぜでしょうか?」

「彼女は払おうとしたのよ。私がそのままじっとしているように指示を出したの。もしナイフを払われたら、彼の心理状態は、失敗したら逆上して何をするかわからない状況だったと思うわ。それよりもいったん気持ちを落ち着かせたほうが良いと判断したのよ。それに、最悪の場合クアンタムなら切りつけられても痛みを感じないでしょ」

「僕はそこまで考えが及びませんでした。もう一つ教えてください。ポリスのクアンタムに関与できるなんて思ってもみなかったです。クリスチーヌさんは特別なんですね」

もちろんダニエルはノーマル・クアンタムなので、クリスチーヌがスカイ・フォーメンバーであることも知らなかった。

「そうよ、ソフィアから、万が一のために特例として与えられた権限よ」

クリスチーヌはそれ以上のことは話さなかったが、文字通り「特別」な存在であることに間違いはなかった。そしてこの一件はクリスチーヌの関与のおかげで「事件」にはならない事案となったのだ。さらに、クライアントからの絶大な信頼を得ることもできたのである。


…続く

写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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