産業スパイ

 脳インプラントを使って2つの脳間で情報を送信すれば、他の人間の心を部分的に観察することができるという考えに基づいて研究が進めれた。自分の経験を分かち合うことができる双子が共鳴したケースをはじめ、21世紀初頭には、ラットが脳インプラントを通して「テレパシー」を伝達する実験があった。

 2070年には、すでに2つの脳間で情報を伝達する脳インプラントが完成していた。この技術は依然として世界のほとんどの地域で非倫理的で違法であるというのが常識だが、ロックドインシンドロームに苦しむ人々を治療するために例外的に認めれれている。ロックドインシンドロームとは、眼球運動とまばたき以外のすべての随意運動が障害されるが、感覚は正常で意識は明確だ。単に意思表示の方法が欠如した状態で、ほとんど完全に「鍵をかけられた状態」であることからこの命名がされている。脳インプラントの功績は、脳網を出現させた。脳幹に網目状に分布している脳幹網様体は、筋の緊張や運動調節と大脳にインパルスを送り、覚醒状態を保つ役割をしている。麻痺した患者が互いにコミュニケーションを取ることで、ソーシャルライフを生きることが可能になった。

 私はそんな患者の一人だった。AIの発達で2050年を過ぎてからは科学の進歩はすさまじかった。サンライズ社のサイバネティックス技術(人工臓器などの人工物を身体に埋め込むなど、身体の機能を電子機器をはじめとした人工物に代替させる技術)はロボティックス技術との融合で大きく注目された。サンライズ社はかつてなかったサイボーグの誕生を目指したのである。その実験台にされたのが私のような患者たちや、瀕死の重傷を負った人たちだった。そしてサイボーグという体を手に入れた私には最新型脳インプラントが埋め込まれていた。通常は脳インプラント同士の接続に使われるのであるが、最新型は生身の人間の脳に直接接続できるのだ。つまり相手が望む望まないにかかわらず直接「心」を読むことができてしまうのだ。サンライズ社は「最新技術と人間の調和」と言っているが、その裏にはとんでもない奸計が潜んでいた。なので、新型脳インプラント技術の公表は伏せられていたのである。そんな私でもサンライズ社の役員たちの「心」を読むことはできない。多分ブロック技術を持っているからだろう。

 ある日サンライズ社の役員が要求してきたのはライバル社のスパイ活動だった。予想はできた。ライバル社の役員に接触して情報を引き出すのは私にとって容易いことに思えた。断ることは出来ない。生みの親であるサンライズ社の技術は私を制御する術を行使するからだ。私の「命」はサンライズ社に預けられている。ライバルのパープルトン社はサンライズ社とは真逆の発想で成功してきた会社だ。サンライズ社はサイバネティックス技術を、パープルトン社はロボティックス技術を主体として発展してきたが、目指すところは同じだ。

 

 私は渋々承諾してパープルトン社の役員と接触した。

「ようやく君と会えたね、君が接触してくることはわかっていたよ」

「どういうことでしょうか?」

私は聞き返した。

「君たちのことは全部バレバレだよ。これは何だか分かるかね」

彼は小さな透明のケースに入ったチップを見せた。

私に分かるはずもない。

「君の頭に埋め込まれている脳インプラントだよ」

「我が社も同じ脳インプラントを持っている。もちろんブロックもある。ブロック出来れば解除もできるし、君の体を制御できる。この脳インプラントの本当の特許権は誰にもない。そもそもこれに関しては、特許自体が今の法律で許されていないからだよ。人の心の中まで見通せる技術を許されると思うかね」

 私は二重スパイをするはめになってしまった。

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この度、過去にブログで紹介した記事を元に再編して書き下ろした「誰にも教えたくない写真上達法!パート1~4を出版しました。著者ページは以下のURLよりご確認いただけます。(なぜかPCでのみ閲覧可能)

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写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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