代替え

 バイオテクノロジーは手軽に人体改造ができる環境を整えた。そのスタイリッシュな義手や義足が商品化されて、優れた人造の手足に自分の健康な四肢を置き換えたいと考える若い世代に広く受け入れられようとしていた。特に若い女性は自分の体のスタイルを重視する傾向にあるので専門のコディネーターがアドバイスしている。脳内チップとの連携が不可欠であるため、一人一人に合わせる必要がある。これを怠ると本来の性能が十分に発揮できないのだ。脚力、腕力、視力、聴力は人間が持っている以上の性能を発揮する。もともとは老化した肢体や感覚器官に変わるものとして研究発達してきた。その結果、今では健常者も義足や義手、さらには眼や聴覚、臭覚までも人工の器官を使用するようになった。

 そんな中、周囲からは早く代替えするよう勧められていたが、ジョナサンは80歳を過ぎてもいまだに「自分」の手足のみで生活していた。これまではいたって健康であったが、さすがに体力の衰えは隠せない。同年代の友人の多くは皆すでに義足、義眼、人工の耳(内耳あるいは中耳、外耳)をインプラントし、それに伴って心肺機能も強化している。代替え器官による身体能力の強化で多くの人は80歳まで現役を続け、その後はサポートにまわっていた。

 ジョナサンはというと、持って生まれた体を使い切ることが人間の本来の生き方だという強いこだわりを持っていたのだ。しかし・・・ある日、勤務中に突然激しい胸の痛みに襲われ、「えぐられるような痛み」を訴えた。心筋梗塞だ。今の時代、普通はあり得ないことである。多くの人は医療インプラントのおかげで身体異常をいち早く察知して本人に知らせたり、予防措置を提案してくれるシステムをいつも携帯している。だが、ジョナサンはこのシステムを持っていなかったのである。遠い海上にある人工島建設の現場にサポートとして入っていた彼は、緊急ドローンで医療機関に運ばれ一命を取り留めた。

 目が覚めた彼のそばにはパートナーと息子、それに26歳になる孫娘がいた。パートナーも息子も孫娘も例外なく代替え臓器の恩恵を受けていたが、彼だけはかたくなに拒否し続けていたのだ。

「おじいちゃん気分はどう?」

孫が優しく聞いてくれた。

「大丈夫だよ」

「親父もこれで懲りたと思う」

息子が母親に言った。

「そうだといいけどね」

「おじいちゃん、私の子供の顔見たくないの?」

孫は今妊娠中だった。ジョナサンは孫の一言が心に突き刺さった。

 生まれてくるひ孫のためにも元気でいなければいけないと思うと、自分の身体の不良器官を人工臓器に代替えする決心がついたのでした。


写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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