デザイナーベビー

 21世紀中期、体外配偶子形成の技術は、女性の生き方を変えた。年齢を問わず子どもを持てるようになったのだ。タイムリミットに縛られなくなったわけだ。それだけではない、この技術は男性にも使える。子どもを持つためにパートナーさえも必要なくなったのだ。

 メグとキャサリンはこの日を待ち望んでいた。二人はすでに50歳を過ぎていたが、これまではどうしても子供を持つことができなかった。性別は一般的に男性と女性に分かれる。でもそれは生物学上の話だ。性別認識であるジェンダーは自分自身が決めるもの。生物学上の性別に従ってもいいし、反対だっていいのだ。体外配偶子形成の技術が確立された今、二人の間で子供を持つことができるという奇跡に遭遇したのだ。いや、もはや奇跡ではなくなった。

 人間は男性が精子を形成、女性が卵子を形成するという制限があった。しかし「体外配偶子形成」によって体細胞から配偶子を作ることができる。実際に配偶子を体外で作成できるようになったのだ。これはつまり、女性の体細胞から精子を、男性の体細胞から卵子を作ることができるということだ。性別に縛られないカップルで子どもをつくることができるということだ。いや、カップルすらも必要でなくなる。一人の人間から精子と卵子を作れば、ひとり親の子どもが生まれるのだ。

 体外配偶子形成で子供を持つことが法律上解禁になったのは10年前だ。メグもキャサリンもこの日のために贅沢を惜しみコツコツと貯めたお金をつぎ込んだ。遺伝子診断は高額なのだ。しかし、遺伝的欠陥を発見するためには必要な行程だ。これを怠ると不幸な、そして親が望まない子どもが生まれる。二人は生まれてくる子供について日ごろから希望を話し合い、遺伝学的に選別を受けた理想の子供の姿を思い描いていた。

 そんなある日、メグは10歳の男の子に出会った。名前はジャレッド。彼は神童としてマスコミにも登場していた天才ピアニストだ。彼のコンサート会場に来ていたメグは出待ちしていたのである。コンサートを直で聞く金銭的な余裕はなかったが、せめて近場の会場に来たときは近くで見たいと思っていたのである。実は彼女は大のクラシックファンであった。昨今ではクラシックファンはめっきり少なくなっていたが、10歳の天才ピアニストを一目見ようと押しかけてくるアンチファンもいる。何人かのサイン攻めにあっていたがやがて人垣が崩れて幼い姿がメグの目に飛び込んできた。彼と目が合った。近づいて一緒についていた母親に話しかけてみた。

「私も大ファンなんですよ」

丁寧な返事が返ってきた。

「ありがとうございます」

まもなくして二人の付き人と一緒に迎えのドローンに乗り込んでいった。

 その夜、キャサリンがメグに

「天才ピアニスト、ジャレッド坊やの事、ニュースで言ってるよ」

キャサリンはクラシックには興味がない。すかさず3Dテレビを壁一面に映し出して見せた。

何か重大な発表があるようだ。話は誰も予想していなかった内容だった。

 10年前に体外配偶子形成で子供を持つことが法律上解禁になったと同時に、ジャレッドの未婚の母親は体外配偶子で子どもをもうけた。母親は10年以内の公表は望まなかった。施術したクリニックは10年後を目途に成果を発表したいと言って相当額の費用を免除していたのだ。クリニックとしては公表することで大きな宣伝効果を期待していたのである。母親とジャレッドはクリニックの院長とともに会見に臨んでいた。天才ピアニスト、ジャレッドは母親が意図してデザインしたベビーだったのだ。放映中もジャレッドはそばでじっと母親の様子をうかがっていた。10歳の子どもとしてはとてもおとなしそうに見える。

 ここで「デザイナーベビー」について説明しておこう。病気の可能性を除去するだけでなく、親が子どもを自分たちの好きなようにデザインする遺伝子操作をいう。つまり、背が高く、美しく、知的で、遺伝学的に選別して才能にあふれた、何一つ病気を持っていない子どもであってほしい、という理想を求める親が「デザイナーベビー」をつくるのだ。こうした行為を倫理的に懸念する人たちもいることは確かだ。


 メグは デザイナーベビーについてどう思っているのかキャサリンに尋ねた。

「倫理に反してるとしたら私たちのやろうとしていることはいけないことなのかな?」

「良くも悪くもそれは個人が判断することじゃない、気にしないほうがいいよ」

メグとキャサリンはそのデザイナーベビーをつくろうとしていたのだ。

「何のために子どもがほしいの?子孫を残すため?自己満足?エゴ?」

 答えはいくら話し合っても出なかった。悶々とした時間だけが過ぎていった。二人はついに施術当日を迎えた。クリニックでは予め問診と確認事項に答える時間が用意されていた。メグから卵子を、キャサリンからは精子をそれぞれの体細胞から作るのだ。施術はすべてAIロボが行い、細胞の採取自体はほんの10分ほどで終わった。あっけないほどに簡単な施術である。

 帰宅後、メグはキャサリンに、

「問診で遺伝子診断のことを聞かれたわよね」

「診断項目で修正があったら3日以内に連絡くださいって事」

「そう・・・私・・・実は遺伝的欠陥のうち、病気の可能性を除去するという項目だけにチェックしたの。天才なんて望んでない。普通の健康な子どもがほしいの、ごめんなさい」

「謝ることないよ、私も同じチェックをしたよ」

「えっ・・・?あなたの望みは自分を超える一流のアスリートだったよね」

キャサリンは若いころオリンピックに出たマラソンランナーだ。

「実はこの前、天才ピアニストのジャレッド坊やの報道を見てからずっと考えていたんだ。本当に彼はピアニストを好きでやってるんだろうか、ほかにもっとやりたいことがあるんじゃないかって思ったんだ。母親のエゴが彼を無理やりピアニストを演じさせているだけじゃないかって。子どもが望むなら別だけど、親の所有物じゃなく、あくまでも子供は一人の人間だよ。親が自慢したいだけ、自己満足のための子どもなら絶対に幸せになれない」

キャサリンがそこまで考えていたとは全く知る由もなかった。

 

 メグが突然3Dテレビを立ち上げた。脳とコンピューターのインターフェース装置が直結しているので、興味のあるニュースが流れたらすぐにわかる。

 報道の内容は・・・

 『4人の親を持つ赤ちゃんが誕生!』

 二人の人間からそれぞれ得られた配偶子を利用して受精卵を作成した後に、その受精卵からさらに配偶子を作り、その配偶子同士で受精卵を作れば、4人の親を持つ子どもが生まれるというわけだ。さらにこれを繰り返せば、2の累乗数の親が誕生する計算だ。

 「誰の子」ではなく、「一族の子」といっても過言ではないだろう。報道は、大人数が一人の子どもの親になれることが証明できたと言っている。多くの親が一人の子どもの成長に対して責任を負うようになってくれるのであれば良い結果につながる。逆に混乱を招く可能性も否定できないという。これはある意味「部族」のような大家族を誕生させるきっかけになるかもしれません。

「親子、家族とは・・・」という概念が根底から覆る衝撃的なニュースである。

 メグとキャサリンは複雑な気持ちで見ていた。

写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

0コメント

  • 1000 / 1000