ミャンサムとクワンサム
僕が目を覚ました時、たくさんの眼が見つめていた。しかもその眼は・・・いや顔は人間ではなかった。驚きのあまり完全に目が覚めてしまった。な、なんとたくさんの「猫」たちに囲まれていたのである。
「こいつ生きてるぞ」
ひとり、いや一匹の猫がしゃべったようにみえた。何なんだぁ!
「ここはどこなんだ?」
僕は試しに「猫」たちに向って話しかけてみた。すると・・・
「あなた、見かけない人間だね」
今度ははっきりと間違いなくしゃべるのを聞いた。なんてこった猫がしゃべった!
「ここはキャッツの領土だよ。あんたこそここで何してたんだい」
「それが僕にも分からない。名前は覚えているけど以前の記憶が思い出せない」
「じゃあ、名前は・・・」
「ジミー・オルソン」
そう言ってあたりを見渡した。猫たちが20匹ほどいた草むらの向こうには林が広がっていた。林の向こうにわずかに見えるのは水面だ。右手奥に建物が見えた。樹木に囲まれた簡素な一軒家である。
「ジミー、あそこは誰も住んでいないよ。何年も前にゲス犬どもが来たとき住んでた人間を追い出したんだ」
「ところで君たち猫だろ?」
「人間は俺たちをそう呼んでるよ」
いったいしゃべる猫に囲まれている僕はどうなってしまったんだろう。これは絶対に現実じゃない。きっと病気だ。夢なら覚めてほしい。僕は頬をつねってみた。
それを見ていた一匹の黒猫が、
「おい、何やってんだ?」
「夢なら覚めてほしいと思って・・・」
「夢じゃない現実だよ」
後方にいたアメショーが、
「おい、犬どもが来たぞ」
傍までやってきた3匹の犬たちが、
「お前ら何やってんだ?」
「倒れていた人間を見つけたんだ」
リーダー格のシェパードが僕を見て、
「保護してやれ。何かあったらすぐに連絡してくれ。ケレニックの一味が活動してるそうだ。気をつけろ」
そう言ってそそくさと立ち去っていった。
「ケレニックって?」
「ケレニックを知らないのか。凶悪な犯罪集団のリーダー犬だよ。とにかくホームに戻ったほうが良さそうだ
な。おまえ、歩けるかい?」
「大丈夫だよ。ホームって何?」
「ついてくれば分かる」
僕と20匹ほどの猫たちは林とは逆の方角に歩きはじめた。200mほどのあぜ道を歩くと立派な屋敷が大木の傍にひっそりと建っていた。ホームというのは猫たちの集団生活の場であったが、そこにはちゃんと人間もいた。しかし、どうも人間たちは猫の世話係のような存在だった。男女は高齢者だったのだ。
僕はその老人たちに紹介され家の中に招き入れられた。爺さん、婆さんは猫たちと何の違和感なく普通に会話しているのが驚きだった。
昼時になったところでヘレンお婆さんがテレビをつけてくれた。テレビを見たい猫たちが集まってきた。その画面にはなんと犬が大きく映っていた。
一匹の猫が・・・
「おい、ケレニックだ」
その一声で他の猫たちも大急ぎで集まってきた。映っていたのはどう見ても「犬相」の悪そうなブルドックだ。
「われわれは停戦合意したわけではない。あくまでもミャンサム側の出方次第だが、クワンサムとしては条件を一歩も譲る気はないことを伝えておく・・・」
僕は話の内容が分からなくてそばにいたターキッシュ・アンゴラ(フォーリンタイプのスラリとした体型に、シルクのように輝く長毛をまとった猫種)のような優雅な姿の猫に訪ねた。
「ミャンサムとかクワンサムって何?」
「簡単に言うと、クワンサムは犬の領土、ミャンサムが猫の領土ってことよ。お互いに領土を拡大したいという思惑があるのだけれど、そこに人間たちが絡んでくるから話がややこしくなるのよね」
ターキッシュ・アンゴラの隣のベンガルが、
「猫と犬と人間が、それぞれ自分たちの言い分を主張すればするほど収拾がつかなくなる」
その日から3日後までは何事もなく平穏な日常が続いた。僕はニック爺さんに他の若い人たちにはどこへ行けば会えるか聞いてみた。
「町へ行けば大勢の若者がいるよ。ここから5キロ程先になるから歩いてはちょっと大変じゃが。自転車ならあるぞ」
僕は猫たちに町へ行きたいと告げた。
「それじゃあ、ついてきな・・・」
バーマン(特徴は四肢から先にあるソックス状の被毛。前足は「グローブ」、後足は「レース」などとも呼ばれている。長くてシルキーな被毛はもつれることが少ない。瞳は美しいサファイアブルーで、ボディは筋肉質でがっしり)に案内された納屋の中にはなんとママチャリがあるではないか。
案内役はシンガプーラ(純血種の中で最も小さい。アグーチセピアと呼ばれる独特のティックドタビーが特徴で、淡いセピア色に輝く短毛種)が努めてくれる。小型猫なのでチャリの前カゴに乗っても大丈夫。
僕らは30分もすると町の繁華街に着いた。多くの猫や犬が人間と一緒に町中を流れている。みんなリードは付いていない。人間が運転する車の窓から顔を出している犬、猫もたくさん見かけた。以前の記憶がないから、この光景が普通なのだろうと思った。
・・・と、その時だった。突然暴走車が信号を無視して突っ込んできた。なんとか避けることができたがママチャリが壊れてしまった。後方を見るとガソリンスタンドに暴走車が突っ込んでいた。大変だ、タンクが爆発するぞ!まわりの群衆は皆蜂の子を散らすように一斉にその場から避難した。シンガプーラのジャンと僕は一目散に走った。100mも走ってやっと後ろを振り向いてみた。爆発し、大きな炎が舞い上がっていた。間一髪で助かった。
ジャンが何やら自分の首輪の小さな突起物を起用に肉球で触ったと思ったらしゃべりだした。どうやら通信機のようだ。
通信を終えてジャンが僕に言った。
「ケレニックたちの自爆テロの可能性が高いとの事だよ。すぐに帰れって」
「だけど自転車が壊れてしまったよ」
「大丈夫」
ジャンはそう言うと・・・またもや首輪の突起を触る。
大小2つの奇妙なものが目の前に現れた。何なんだぁ〜!
「さっ、体につけて、説明は後」
名前は反重力コプター。反重力コプターとは、反重力を利用した一種の一人用ドローンだ。ローターが左右に一つずつ付いて中央の楕円形の中に体を入れる仕組みだ。ローターの直径はひとつ30cmほどで、両手にジョイスティックみたいなコントローラーを持つ。そしてローターの傾きで前進したり、方向転換をするようになっている。これで空を飛べる。
僕らは反重力コプターのおかげで5分でホームに戻ることができた。
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