ジミー・オルソン!?
僕は奴らに転送されて初めてケレニックと対面した。犬を戦わせる牛いじめという見世物が流行し、牛に対抗できる犬として開発された犬の品種がブルドックだ。その後、牛いじめを含めたブラッド・スポーツが禁止されると、ブルドッグは番犬や愛玩犬となり、闘争に必要だった気性が激しい性格も取り去られた。しかし、ケレニックは獰猛な性格を取り戻していた。
「ようこそ、クワンサムへ」
「ミサイル攻撃はやめてくれた?」
「モニターを見たまえ、とっくに静まり返っておる」
僕はモニターを確認してひとまず安心した。
「ケレニック、僕がここに来た目的は・・・」
「まぁ、そう慌てることはない。それよりもミャンサムで猫族に囲まれた居心地はどうだったかな?」
「あなたのおかげでゆっくり満喫する暇はなかったね」
「はははっ・・・・それは失敬した。犬族と猫族がいがみ合っているわけじゃないことは君も承知しているだろう。諸悪の根源は人間なのだ。昔から我々は人間とうまく付き合ってきた。猫族もそうだ。長く人間と共生してきた犬族は人間に共感する力を持っている。ストレスが多い人間に癒やしを与えてきた。猫族も使役動物としての役割を果たしてきた。長い歴史の中で犬族も猫族も、人間との関係性に変化が現れてきた。実用的な利益から『関係性から得られる利益』に変わってきたのだよ。関係性から得られる利益は三つだ。「心理的利益」、次に対人関係を円滑にする潤滑剤になる「社会的利益」、そして心身の健康に良い影響を与える「身体的利益」だ。これらの利益を惜しげもなく人間に与えてきた我々だが、一部の人間たちは虐待を繰り返してきた。わしの娘もその犠牲になった。人間は己の利益のためには何でもする。ここにいるのは人間の虐待に耐えきれなくなった連中で組織されているのだ」
「だからといって善良な人間までも巻き添えにしちゃいけないよ」
「お前に自分の子供が殺された親の気持ちがわかるか」
「でも、君たちがミャンサムを目の敵にする理由が見えない」
「ミャンサムがにくいわけじゃない。人間を養護する連中が許せないのだよ」
「・・・今度は僕の質問に答えてくれないか」
「ああ、お前の素性のことだな。お前は実は・・・」
と、その時突然あたりが真っ暗になった。次の瞬間激痛が走り僕は気を失ってしまった。
僕は目を覚ました。今度はベッドの上だった。見渡すと何人かの人間たちの顔があった。でも見慣れた人間の顔である。
「良かった、ジミー大丈夫だった?」
「大丈夫だけど、なんで突然呼び戻したんだ」
僕はいきなり心配顔のヘレンに不平を言ってしまった。
隣にいたニックが
「すまないジミー、装置が不調で君の希望した設定を大きく逸脱してしまったんだ。このまま続けるか迷ったんだが、君にもしものことがあってはいけないと思い、ケヴィンにお願いして呼び戻してもらったんだ。大丈夫そうで良かった。後でゆっくり話を聞かせてもらうよ」
僕は一通りの検査を終えて診断結果を待っていた。待っている間にヘレンとニックに話をした。ヘレンとニックの上司ケヴィンはエージェント支部の所長。ジャンもトニーも猫族として、それにここの局長ケレニックは悪役のブルドック姿で出てきたことも話した。ヘレンもニックも自分が世話役の老人だったのがいつの間にかロボットに変身していた話を聞いて大笑いした。
「夢」なのに現実感たっぷりの実体験としての記憶が埋め込まれてしまうドリーマー装置は、設定が希望と違った方向に進展してしまうストーリーにも問題があり、まだ改良の余地がたっぷりありそうだ。だけど、身を挺して実験台になった僕自身に悪い変化が起きなかったのは何よりだった。
僕は・・・ひょいと軽快にヘレンの肩に飛び乗った。
僕にとって一番良かったことは「人間」を体験できたことだ。僕は人間たちの脳科学のおかげで飛躍的かつ人間並みに知能が発達した「猫」なのだ。
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