レスキュー

 西暦2198年、地球温暖化により台風の勢力が強くなり、洪水や高潮、豪雨の頻度も非常に高まっていた。人々の暮らしぶりも変わった。夏の服装の軽装化に拍車がかかった。4月から10月なかばまでは半袖、半ズボン、日よけの帽子が欠かせない。21世紀初頭、夏に熱中症で病院に搬送される人は年間約5万人、死亡する人は約1000人だったが、21世紀末になるとその5倍に達していた。巨大台風によって洪水や高潮、豪雨の頻度も高まっていた。そして、降水量が増加する一方、乾季の長期化による渇水が気象の極端現象を起こし、洪水と渇水は隣り合わせになった。地球温暖化によって2100年には海水面が1.1m上昇、それは100年に1度起きていたレベルの災害が毎年起きることを意味していた。

 

 2198年夏、それは起こるべくして起こった。サイボーグと自律型災害救助ロボットの投入が優先事項となって初めての試みだった。これまでもレスキューロボットの投入は行われていたが、サイボーグとのペアで救助に当たることが最優先となった。理由は簡単だ。初めての自律型レスキューロボットの投入に伴い、万が一に備えて、自律型レスキューロボットの監視役もサイボーグは担っていたのだ。それと、お互いの弱点を補うという意味合いも兼ねていた。

 自律型レスキューロボットもサイボーグも完ぺきではないのだ。

 

 自律型レスキューロボットはヒューマノイドだ。備わっている機能は多義にわたっている。例えば、緊急対応の最初の段階で重要な情報収集のためと同時に消火剤を散布する消火機能をもったドローン機能の搭載、そして、瓦礫の隙間に潜り込んでいって人を捜索するための索状(ヘビ型)ロボットの装備など。災害現場では、死ぬことと、生きながらえることは、まさに紙一重なのだから、即座に対応できなければ意味がないのである。さらに現場で救助した人の応急手当を施すことができる医療行為も許されていた。災害現場のような厳しい環境では軍用ロボット並みのタフさが重要である。どんなに悪い条件でも活躍できるような技術を持っていないと、レスキューロボットとしては使い物にならないのだ。 

 僕の名はサイモン、サイボーグだ。脳だけが本来の人間の臓器だ。わずか10歳の誕生日を迎えたばかりのころエアカー事故で瀕死の重傷を負った。高速レーンに乗って走行中に、本来起こりえないような突発事故が起こったのだ。僕は弟とスクール・エアカーに乗っていた。下校途中だったのである。高度200mからの落下だ。昔のように運転者の運転ミスということはあり得ない。今の乗り物は完全自動制御で飛行するので、「運転」という行為自体が不要なのだ。走行ネット(エアカーなどの車両が飛行するために、予め定められた領域を管理運営し提供している法人の誘導システムのこと)運営会社のシステムエラーが原因だ。このため複数台のエアカーが巻き込まれた。脳だけがかろうじて生きた状態を保たれて、人工の身体に移植された。そして僕はサイボーグとしての人生を余儀なくされたのだ。その時弟は助からなかった。成長とともに年齢にふさわしい人工ボディに乗り換えてきた。デジタル化された意識をボディにインストールすることができるのだ。成長したそんな僕が選んだ仕事は災害救助の現場だったのだ。僕のレスキュー・ボディはレスキューロボットと同じような装備を身体に搭載していた。

 大津波をもたらす巨大地震が平均で350年前後に1度、繰り返し起きていたとみられることがわかっていた。最後に発生した「スーパーサイクル」の巨大地震は1707年だ。すでに400年がたっていた。それは起こるべくして起こった。推定マグニチュード9を超える巨大地震だ。災害現場に入っていたレスキューロボットとのペアリングは36組いた。そして僕もレスキューロボット28号とペアリングして現場に入った。巨大なビルは無残にも崩れ落ちていた。あちらこちらで煙が立ち上り、火の手が上がっていた。ドローンからの消火剤の散布が行われていた。時折余震とみられる揺れを感じる。軟弱な地盤となった建造物の一部が崩れる。ここは海岸線に面した地区である。津波がまじかに迫っていた。28号はドローンを飛ばして周辺の生命反応の状況を探索していた。僕もくまなく瓦礫の隙間を探索していった。28号が生命反応をキャッチした場所を教えてくれた。二人が探索した生命反応の箇所を統合してみると、周辺12か所で確認された。助かる見込みの高い負傷者に対応して、一人でも多くの命を救おうとしていた。そのうち5か所のスキャン反応はとても弱い。助かる見込みが薄いという証拠だ。残り7か所のスキャン反応の強弱を選別していった。200年前のレスキュー技術とは比べ物にならないくらい進歩しているが、それでもすべての災害現場から救える命には限りがあった。

 

28号が突然警告を発してきた。

「津波の到着時刻まで10分を切りました」

「なんだってー!」

28号が最も強いスキャン反応の場所へ突進していった。

瓦礫を慎重に取り除きながら、ようやく隙間を広げて中にいた若い婦人を助け出した。

足に骨折はあったものの意識はしっかりしている。

婦人は叫んだ。

「娘がまだ中にいます、助けてください」

28号はスキャン反応を見て首を横に振った。

「残念ですが・・・」

僕はそれを見て構わず瓦礫の中に入っていった。

28号が後ろから声をかけてきた。

「サイモン、全員を助け出す時間はありませんよ。助かる命を先に・・・」

狭い瓦礫の中を崩れないようにかき分けていくと幼い女の子が鉄骨の隙間に横たわっていたが、すでに反応がなかった。

その時、津波まで残り5分を切っていた。

 28号はすぐさま別の被災者のもとで救助作業に当たっていた。崩れた外壁の隙間から助け出された男性は意識がもうろうとしていた。

・・・津波まで3分を切っていた。

 僕らの後ろにはすでに巨大な津波の矛先が見えていた。僕は救助した人たちを運ぶためのドローンを本部に要請した。28号はその間救助者に対して出来る限りの医療を施していた。僕らは助け出した二人を到着したドローンに乗せると、すぐに自らのドローンを立ち上げて高く舞い上がった。空から下をみると巨大な津波が家屋を押し流しているのが確認できた。間一髪であった。


 僕らのペアリングが救えた命はたったの2名だった。津波さえなければもっと多くの命が助けられたかもしれない。いや、津波は想定されていたことだ。今回初めてのレスキューロボットとのペアリングでのバーチャルリアリティ(VR)トレーニングシミュレーション・・・課題も見えてきた貴重な体験だった。


…続く

写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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