ルスラン博士(クーデター…続編)
スカイ・フォーメンバーが直ちにソフィア本社に招集された。そこにはウィン博士も同席した。そして、ユリウスのサイボーグについての見解を述べた。
「デジタル・マインドに直接作用するウイルス性兵器について、皆に伝えておきたいことがある」
ウィン博士はそう前置きして
「ずいぶん前の話になるが、私は量子コンピュータの開発をある同僚と組んで研究していた。彼の名はルスランといって、優秀な脳外科医でもあった。実は私と彼はハイスクール時代からの同窓生だったのだよ。お互いにライバル意識を持ち切磋琢磨しながら研究に没頭しておった。クアンタムAIの誕生は彼の功績が大きいと思っている。しかし・・・、7年前だが最愛の奥さんを自然災害で亡くし、そのわずか1年後には幼い二人の子供たちもスクール・ドローンの事故で負傷して、弟は脳死状態で、兄のほうは意識はあったが半身不随になってしまったと聞いている。それからだよ、彼は人が違ったように精神的に情緒不安定になって・・・半身不随になった兄を救うためにサイボーグ研究に没頭し始めたが、やがてプロジェクトを去ってしまった。だが、彼は置き土産を残していった。私は長い間忘れていたが、執筆途中の「デジタル・マインドに対するウイルス効果」という論文が彼の個人ファイルから見つかったことを思い出したんだよ」
デビットが質問した、
「プロジェクトを去ってからのルスラン博士はどうなったんですか?」
「消息不明のままだよ・・・だが、もう一つ私が思い出したことがある。彼の子供の名前だ・・・弟は”ラウロ”といっていた。単なる偶然と思いたいが、シンギュラリの幹部の名前と一致する」
クリスチーヌが
「あの時武器商人と同席していた他の幹部も一緒に、ラウロたちのシリアルナンバーをすぐに調べましょう」
ソフィア製造のクアンタムにはすべてシリアルナンバーがついている。顧客管理の一環として当然である。クリスチーヌたちが見た記憶映像から、クアンタムを特定してボディをスキャン捜査すればシリアルナンバーは割り出される仕組みだが、彼らのシリアルナンバーは出てこなかった。つまり、ラウロたちはソフィアの製造したクアンタムではない可能性が浮かび上がってきたのである。
ラウロたちはルスラン博士が製造したクアンタムではないかというウィン博士の推測だ。だとするとシンギュラリの構成メンバーのクアンタムも同様だと推察される。
ミニョンがウィン博士に質問した。
「もし博士の言うとおり、シンギュラリのクアンタムたちがルスラン博士の製造だとしたら”三原則”に縛られていないのではないかしら」
ウィン博士がそれに答えた。
「ここだけの話だが・・・実は”三原則”はクアンタム製造の初期設定では機能していないのだよ」
ジョージが
「それはいったいどういうことでしょうか?」
「君たちも知ってのとおり、生まれたてのクアンタムには自我がない。成長とともに自我が芽生えるのだが、”三原則”も成長とともにチップの中に定着していくものなのだ。これを止めることは出来ない仕組みを私が作っておいた。自我の目覚めと”三原則”は切り離せないのだ。万が一に備えてだよ。そこのところはルスラン博士もわかっていると思う。クアンタムを一から作るよりも、すでにあるノウハウをそのまま使用したほうがはるかに早く製造できる。彼はそれに従ったのだろう。”三原則”の解除ウイルスはルスラン博士がプロジェクトを去ってから私が作ったものだから、彼には”三原則”の解除は出来ない。だが、彼にもウイルスをつくる事はいずれ出来るだろうが、時間の問題だと思う」
クリスチーヌが
「だとすると、デジタル・マインドのウイルス性兵器はルスラン博士が関わっている。そして、シンギュラリのクアンタムには弟が加わっていると思われますが・・・脳死の人間をクワンタムにできるのでしょうか?」
「おそらくラウロに関する博士の記憶を総合して人格を形成したソフトを量子コンピュータのAIに移植して、成長過程で”ラウロ”の人格が芽生えるようにプログラミングしていると思う。性格は博士にとって”ラウロ”そのものだろうし、”ラウロ”自身も博士を父親だと思っていると考えられる」
「そうなると、ユリウスのサイボーグには兄が所属している・・・と考えていいかもしれないわね。・・・ウィン博士、ウイルス性兵器は私たちには何の影響もないのかしら?」
「おそらく問題ないと思うが・・・彼のことだから何らかの対抗処置をサイボーグに施していることは間違いないと思うよ。だから・・・今から君たちをバージョンアップしようと思う。現場に行くのはその後だ・・・1日だけ時間をくれないか」
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