交 渉
ボブ・カーヴェルがカーラに面会していた、まさにその頃、地球ではマリコフの側近チェスラ一行は、ヒューム人に変身して密かに入港していた。
その気になれば母船から転送できるが、彼らがわざわざヒューム人に変身して宇宙港の入管ゲートを通ったのには理由があった。地球の核施設の管理責任者を信用させるためであった。交渉内容はヒュームのテクノロジーを提供する事で大規模な設備を建設させる事であった。その設備とは、”転送ポータル”だ。”転送ポータル”とは、簡単に説明すると物質転送のためのゲイトである。ただし規模が半端ではない。核ミサイルを一度に何十機も転送できるのである。本来は大量の宇宙船や資材の転送、あるいは物流の拠点という目的で建造される設備である。この”転送ポータル”を利用して、マリコフらは核弾頭の大量転送という奇策に舵を切ったのである。大量に核弾頭を保有している惑星は地球以外で探すことは難しかった。当然ながらこの大量物質転送を可能とする”転送ポータル”は、星間通商において許可なくして公開できないテクノロジーであった。これがあれば簡単に大量の兵器類を密輸できてしまうだろう。マリコフはこのテクノロジーを闇ルートで密かに手に入れていた。
そして、チェスラたちは地球のグローバルネットワークの裏サイトを通した交渉相手と接触するためにヒューム人として地球にやってきたのだ。もちろん初期段階のメタバースでの接触を経て、お互いが臨んだことである。
チェスラたちは地球人のバリーという人物と面会していた。バリーはとある国防省の重要人物である。彼をよくみると、アジア系人種の特徴を持っていた。バリーは本名ではなく、イングリッシュネームであることが分かった。
現在の国防部は、対外的に中国の事実上の国軍とみなされている中国人民解放軍に対する指揮・統制権を持っていない。国防部は主に編成、装備の調達、訓練、兵器の研究開発、外国の軍事筋と連絡などを担う軍政機関としての役割を果たしていた。国防建設事業の指導と管理を司る部門でもある。これは核兵器を中心とする先端的兵器開発による国防力の強化を目指していることを示していた。その中枢を担う人物がバリーであった。
バリーは日頃からヒュームのテクノロジーを高く評価していた。この技術力を国防に生かすことが彼の大きな目標でもあったのだ。しかし、先端的兵器開発に関するテクノロジーは決して公開されるものではないこともよく承知していた。だから、正規ルートでは決して得られない情報源を探していた。そのような状況の中、グローバルネットワークの裏サイトを検索中にチェスラの存在を知ったのである。非常に興味を示したバリーはチェスラとコンタクトをとったのである。
チェスラ一行とバリーはケネディ・スペースポートの一角にあるシェアオフィスにいた。前身はケネディ宇宙センターである。
バリーは自己紹介を済ませるとさっそく切り出した。
「転送ポータルとやらについて詳しく話してもらいたい」
チェスラは
「転送ポータルは極秘中の極秘テクノロジーですよ。只で提供するわけにはいかないと思っています。何か見返りの用意はおありですか?」
「何が望みかを伺っていない。その前に転送ポータルについての情報を聞かせてくれないか。その価値に見合った見返りを用意しよう」
「よろしい・・・」
チェスラは転送ポータルは物質転送のためのゲイトであることを詳しく説明した。
バリーが
「安全性の保障は?」
「我々を信用していただくしかないですね、万が一の時はあなた方はヒュームの宇宙公安に通報すればすぐに駆けつけてくれますよ。そうなれば、我々は手を引かざるを得なくなる。どうですか?彼らは常に星間通商を監視しています。転送ポータルならその監視の目もごまかせます。面倒なチェックなしですぐに転送できるのですよ。転送ポータルは軍事的な運用において、大量の武器輸送、配備、供給、さらに何万という兵士も同時に転送できる。国防力の強化にとって限りなく有用であることは保障します」
「建造に要する期間は?」
「あなた方の時間で、約2か月で完成しますよ」
チェスラはバリーの表情を見て、話を続けた。
「見返りとして・・・あなた方が大量に持っている核弾頭のなかからほんの100機ほど融通してほしい、それだけです」
バリーは即答を避けた。
「持ち帰って検討しよう」
チェスラは愛想笑いを浮かべて、
「我々はここに1週間ほど滞在している、良い返事を待っていますよ。それと・・・言い忘れたが、あなた方以外にも交渉を望んでいる国があることをお伝えしておきます、何処かは言えませんが・・・速いもの勝ちですよ」
その交渉から2か月が過ぎていた。チェスラはまんまとバリーを説得して転送ポータルの建設に成功してしまった。後はパワーチャージして起動するだけであった。そして交渉成立後、転送ポータル完成までの間、チェスラは火星に滞在していた。
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