マーシャン・リーム
カーラはボブとその仲間とともに地下住民たちの居住区に来ていた。地下1000mにこのような広大な空間が広がっていることは想像できなかった。一種のドーム都市である。この様なドーム都市が地下深くにいくつも建設されていたのだ。まるで火星の地上に建設した地球人のドーム都市とよく似ていたがスケールがまるで違う。そして、そのテクノロジーは地球のそれよりも数段進化していた。ドーム間の移動は転送装置が受け持っていた。さらに驚くべきことは、酸素濃度は地球人のドーム都市のものとほぼ同じであった。ボブたちは彼らのDNAの鑑定結果が出るまでは確信が持てなかったが、地球人と彼らの環境は互換性にまったく問題ないレベルであった。
火星でも地球と同じように棲息できる環境がなければ、地下住民は住み着くことができなかっただろう。それもそのはず、地下住民たちはヒュームの子孫なのだから。
本家のヒューム人は進化の度合いが遥かに進んでいた。身長は1m50cmに満たない小柄な体格で、目も顔の比率からすると大きい。額と呼べる部分は広く、鼻と口は小さい。それに、長い進化の過程で雌雄を区別することをなくした。「体外配偶子形成」によって体細胞から配偶子を作ることができる。だから男、あるいは女である必要はない。
しかし、カーラたちが地下住民の代表たちと面会した姿かたちは、全体に小柄な体形でやや身長は低かったが、地球人とそっくりであった。
火星の地下住民の代表は自分たちを”マーシャン・リーム”と呼んでくれるよう伝えてきた。リームは彼らの言葉で”人間”あるいは”人類”を意味するそうだ。簡単に訳せば”火星人”だ。
マーシャン・リームの代表たちはテラフォーミング・プロジェクトに対しては穏健な態度で接してくれた。長い目で見れば火星の地球化は自分たちにとってもメリットが大きいと感じ始めていたのである。DNA鑑定の結果が彼らの不安を払拭したのである。だが、反対派マーシャン・リームのグループがいる。彼らの言い分は、地上の改変による環境変化が地盤に及ぼす影響は無視できないし、そもそもリスクが大き過ぎると懸念していたのである。
マーシャン・リームのひとりが、
「ボブから聞きました、地球にもヒューム人が住んでいたことを・・・」
カーラが、
「そうです、実は私はヒューム人の血を引き継いでいるんです」
マーシャン・リームの代表たちが一斉にカーラを見つめていた。
彼らの代表が
「私たちは、火星の地球化という問題については、すぐに答えが出るとは思っていません。しかし、反対派の連中はそのように考えることができないようですね」
別のひとりが、
「地球では原住民とヒューム人が一緒に暮らしていたと聞いています。ここでは太古の昔からマーシャン・リームしか住んでいませんでした。そこへ地球人が大挙してやってきて、勝手に地上にドームを作り始めた。自分たちにとって地球人は異星人であり侵略者として見てしまう・・・反対派の連中の中にはこのように考えるものがいる。むしろこちらの理由が本音に近いと思います」
エル・タイと名のるマーシャン・リームが
「反対派たちのことを我々はリーヌスと呼んでいます。そのリーヌスたちがあなた方のグローバルネットワークにアクセスしました。最初は地球人の情報を得るためでしたが、そこでヒューム人の存在を知ったようです。我々もその情報を入手してボブさんと検討を重ねてきました。でも、その時は私たちもヒューム人の子孫であることを知りませんでした。ボブさんの提案でテラフォーミングを推進するためには、双方の住環境をどこまで共有できるのかを探るためにDNAを調べたというわけです」
カーラが
「反対派の人たちとも話をすればきっと分かってもらえると思うわ。共存共栄を目指して一緒に考えていきましょう」
その後、カーラとボブたちはリーヌスと接触し、説得を試みていた。しかし、彼らの主張を覆すまでには至っていなかった。彼らは出来る限り早い段階でのテラフォーミング・プロジェクトの解散を望んでいた。さらに解散が無理となったときは武力に訴えるとまで言ってきた。
カーラは訴えた。
「必要なのは話し合いでしょ、争うことじゃないわ」
リーヌスの幹部は
「我々にはヒューム人の協力者がいることを伝えておく」
リーヌスたちはグローバルネットワークにアクセスしてヒューム人と密約を交わしていたのだ。そして、カーラはマーシャン・リームの存在を公にすることをボブに提案した。これはテラフォーミング・プロジェクトのみの問題ではないことを認識しなければいけなくなったということだ。
リーヌスたちが接触していたヒューム人は、実はチェスラであったことをカーラは知る由もなかった。
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