ワープ・ドライブ
転送ポータル事変から一週間が過ぎていた。現場は、シャリーたちが翌日にはポータル解体に着手し、今では跡形もなく更地をむき出しにしていた。チェスラの計画は見事に頓挫した。
そして、火星人であるリーヌスたちはチェスラが宇宙公安に連行されたことを知らなかった。
一方のシャリーは拘束したチェスラが火星人のリーヌスと接触していたことを突き止め、そこで初めてマーシャン・リームの存在を知り、彼らがヒュームの子孫であることが明かされた。
ヒュームの祖先は地球の他火星にも住み着いていたのだ。このニュースはヒューム星に大きな衝撃を与えた。マーシャン・リームと地球人、とりわけリーヌスたちとの関係改善を前提に特使を派遣することを検討していた。
当のリーヌスたちはチェスラからの連絡が途絶えたことにいら立ちを募らせていた。そうした中でマリコフがチェスラに代わって新たな協力者を送り込んだ。
マーシャン・リームのドーム都市には、転送ポータルよりは規模は小さいが、物質転送装置が稼働していた。マーシャン・リームの人間および物資に対するドーム間の移動はもっぱらこのシステムで移動していた。火星全体に広がっていた地下ドーム都市を結ぶため、地中を移動するためのルートを張り巡らせることは到底無理であった。地中を浮遊するなんてことは非現実的だ。移動手段として彼らが数百年前に開発したのが転送ポータルなのだ。彼らは転送ポータルのことを”ワープ・ドライブ”と言っている。
チェスラは万が一転送ポータルの稼働に失敗したときには、火星ドーム都市の転送機の利用を考えていた。規模が小さい分使用するエネルギーも少なくて済む。大量転送には向かないが、起動エネルギーを感知される恐れもない。もっともこれを使用するくらいなら、最初からラクサム人が持っている現存の小型転送ポータルを使用する考えもあるが、一つ問題があった。銀河連合は”核”に対する異常なまでの警戒心が強かった。核物質に関する一切の転送処理ができないように、転送対象をスキャンしてポータルを制御するテクノロジーを例外なく搭載していた。だから、マーシャン・リーム製造の”ワープ・ドライブ”を使うという一択しか残されていなかったのである。だから、チェスラはこれを地球に持ち込むことも視野に入れていた。マリコフらは、何としても核弾頭を手に入れたかったのだ。
チェスラは、リーヌスたちにドーム間転送装置”ワープ・ドライブ”を製造するように要請していた。見返りは、当然ながら地球人の”テラフォーミングプロジェクト”を阻止する、あるいは解散させるための援助だった。そして、その転送装置が遂に完成した。しかし肝心のチェスラは計画の失策によって宇宙公安に連行されてしまい、その代わりにマリコフが送り込んだのがラルスであった。
早速、ラルスは完成した”ワープ・ドライブ”の地球への移送に着手した。完成したものを幾つかに分解して、小分けしたものをマーシャン・リームの地下ドーム都市からまずはラルスの用意した輸送船に転送した。そして、リーヌスから厳選した幾人かを同乗させた。彼らには別途重要な役割があったのである。
そして、チェスラはマーシャン・リームの特異なテレパシー能力を高く評価していた。その能力を使って、地球人を陥れようという計画も立てていたのだ。
彼らのテレパシーは特殊な効果を発揮していた。簡単に説明すると、いわゆる幻覚をみせることができるのである。このことは既にボブが幼少のころ経験していた。火星探検ツアーで訪れたクレーターで光る物体を見たときである。テラフォーミングに興味を持つ子供に焦点を当てて、ボブしか見ることができない印として、ボブをテラフォーミングプロジェクトに導くための動機づけに使われたのが、ボブに見せた「光る印」の幻覚であった。
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