ラオの儀式

本編は「ワープ・ドライブ」・・・続編です。


 拘束したチェスラがリーヌスに接触して密約を交わしていたという情報をカーラはシャリーから得ていた。このことをカーラとボブはマーシャン・リームのエル・タイにも伝えていた。

 実はマーシャン・リームのエル・タイにはリーヌスの幹部に弟がいた。

 リーヌスたち反対派はマーシャン・リーム全体の3割に達していた。とは言え、リーヌスのほぼ9割の意見は「どちらかと言えば反対」という流動的な住民たちであった。問題は残り一割の住民たちであった。マーシャン・リームのDNA鑑定の結果が公表される以前は全体の8割が明らかな反対派で占めていたのだ。しかし、 DNA鑑定の結果が彼らの不安を払拭したのである。

 だが、弟のカル・タイは地球人の”核”に対する執着心に大きな不安を抱いていた。地球人との共存で火星に”核”が持ち込まれるのではないかという不安だ。だから、「火星の地球化」に執拗なまでに反対していたのである。では、なぜリーヌスはチェスラと密約を交わしたのだろうか。

 リーヌスたちは、実はチェスラがラクサム人であることは知らなかった。チェスラにとって、ヒューム人に変身することのメリットが大きかった。一つは、DNA鑑定の結果を知ったチェスラが、ヒューム人の子孫であるマーシャン・リームに安心感を与えること、もう一つは、変身することでヒューム人のテレパシー能力が使えることだ。テレパシーは諸刃の剣となり得る危険性がある。チェスラは、テレパシーを上手く使えば相手を騙すための最強の武器になることをよく知っていた。チェスラはサイコブロックを使うことで、化身したヒューム人の裏の顔であるラクサム人の本心までは、テレパシーで読み解くことができないことを承知していたのだ。だから、リーヌスの幹部たちはチェスラを自分たちに同調してくれる良き理解者として扱っていたのである。

 

 エル・タイは弟に説得を試みる手段は「ラオの儀式」以外にないと考えていた。「ラオの儀式」とはテレパシーを使った心の融合である。主にこれが行われるのは親子、兄弟、親族間が中心であった。他人同士も稀に行われる。お互いの心の深層まで入り込むことで、知識や経験を理解し共有あるいは継承のため、また、互いの心の真実を確認し合うために、一体となって融合する事が必要とされる場合に行われる儀式である。お互いの了解がなければ成立しない。

 その弟に対してチェスラの正体と失策を伝えていた。弟のカル・タイは頭から兄の言動を信用しようとはしなかった。そこで、思い切って「ラオの儀式」を提案した。

エル・タイは

「お前にラオの儀式を提案したい」

弟は

「兄貴、何を言い出すんだ」

「私たちにも協力者がいる。地球人だが、カーラという女性だ。彼女はヒューム人の”血の継承者”と言われている。お前の協力者であったチェスラはラクサム人がヒューム人に化けた偽善者であることを証明してくれる彼女の言葉と私の思いを信じてほしいからだ。地球人は危険な核を所有しているが、核の拡散を望んでいるわけではない。だが、チェスラの本心は核拡散にあるのは間違いないことだ。お前には信じがたいことだろうが・・・ヒュームに化身した目的はテレパシーを使ってお前たちに取り入るためだ」

続けて、

「お互いを嘘偽りなくすべてをさらけ出すことが、唯一の解決策だと思っているからだよ・・・」

弟のカル・タイは

「そこまで言うのなら・・・ラオの儀式を承諾しよう」


 エル・タイとカル・タイはお互いに向き合い、膝をついた。眼を閉じ、額をつけて相手に思念を送った。体中に思念の波が押し寄せてくる。自分が自分ではなくなり、エル・タイはカル・タイに、カル・タイはエル・タイにお互いを寝食し始めた。相手の心の根幹が自分を埋め尽くす。心の混沌が無数のざわめきとなり蓄積していく。波が岩に打ち寄せるように寄せては砕け散り、引いては新たな波が打ち寄せてくる。雑念が浄化され澄み渡る。そして、ついに融合が始まった。互いの意識が一体となり、視界が晴れ渡った。

 カル・タイが先に口を切った。

「僕らは地球人を誤解していたようだ。兄さんの言うとおりだった。完全にチェスラに騙されていた。これから僕らはどうすればいいんだ」

エル・タイが弟の心の深層から読み取ったものを言葉にした。

「マリコフが新たに送り込んだラルスを止めないと大変なことになる。それと、リーヌスの4人が地球でパニックを起こそうとしている。すぐに対処しなければ・・・カル 、手伝ってくれるな」

カル・タイは大きくうなずいた。


…続く

写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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