パニック
ラルスは完成した”ワープ・ドライブ”の、地球への移送を完了していた。バリー自身は核の安全保障を脅かす重大な脅威を引き起こした疑いで、連邦警察に身柄を拘束されていた。ラルスは表舞台から姿を消していたバリーの側近を呼び出した。だが、一度核の転送に失敗して懲りていたバリーの側近はラルスの求めに応じるつもりはなかった。それを見越していたラルスは、マインドコントロールの支配下に置くことで対処しようとしていた。ごく普通の地球人はテレパシーに対して無防備なので、簡単にマインドコントロールの影響を受けてしまった。
一方、カーラのマーズオフィスにあるモニターには、地球の京都とマンハッタンの映像に切り替わりさらにサンパウロとリスボンの映像が次々と映し出されていた。
錦市場から歩いて約20分。とても華やかな雰囲気のある祇園八坂神社。明治時代まで八坂神社はその守護神であった牛頭天王をお祀りしていたことから「祇園社」と呼ばれ、町の名の由来とされている。歴史あるお茶屋が軒を連ね、その風情は現在も色濃く残っている。古き良き時代の日本の面影を一目見ようと、海外のみならず、月や火星からも多くの観光客が訪れていた。
その京の東の守り神として鎮座する八坂神社でとんでもないことが起こっていた。それは夜の時間帯であった。
やみくもに走り出す者、その場で腰を抜かして歩けなくなる者、這いずっている者、立ちすくして空を仰ぎ見ている者、泣き叫んでいる者、来るな近寄るなと叫ぶ者・・・しかし、彼らの目の前では何の変化も起きていない。彼らは皆幻覚を見ているのである。その幻覚の正体は千差万別、だから彼らの怯え方に一貫性がなく、逃げ惑う方角もばらばらである。
そして、 マンハッタン でも・・・こちらは昼間の時間帯である。ニューヨーク市はアメリカ合衆国北東部の大西洋に面し、巨大なニューヨーク港が君臨している。市はブロンクス、ブルックリン、マンハッタン、クイーンズ、スタテンアイランドという5つの行政区に分けられる。そのうちのマンハッタンは、5番街やタイムズスクエアなどの繁華街があり、世界中からの観光客をひきつけている。一般的に「ニューヨーク」と言えば、ニューヨーク州ではなく、ニューヨーク市とりわけマンハッタンを意味することが多い。
マンハッタン でも 同じように人々がパニック状態に陥っていた。34丁目から60丁目にかけては、ティファニー、カルティエ、バーバリー、グッチ、ルイヴィトン、シャネルなどの高級ブティックや小売店が軒を連ねている。34丁目はニューヨーク市マンハッタンを東西に横断する「ストリート」と呼ばれる通りのうちの主要な通りの一つだ。今はこのストリートはすべて歩行者専用自動走路となっていて、車道はない。ドローンはすべて100m~300m上空の専用レーンを飛行している。高級ブティックなどの建造物は100年前に現在の3Dプリンターによる斬新なデザインの建築に一新されていた。
この東西に横断する「ストリート」の一角半径1kmほどの区域でパニック状態の人々が右往左往していた。
さらに、ブラジルのサンパウロ、ポルトガルのリスボンでも似たような人々のパニックが映し出されていた。
映像を見ていたカーラはすぐにカルとエル兄弟を引き連れて、地球のソフィアのオフィスに出向いた。
転送ポータルから出てきたカーラがいきなりウィン、ルスラン博士に告げた。
「地球のパニックはリーヌスの仕業よ。それと、核の転送を阻止しないと・・・」
ルスラン博士がすぐにモニターのボリュームを上げた。こちらはすべてライブ映像だ。
アナウンスが
「京都、マンハッタンに続きサンパウロ、リスボンでもパニックが・・・」
パニックになった人々の叫び声がモニターから聞こえる。
「誰も助けてくれない!」
「世界が壊れていく」
「すべてが崩れていく」
「もう戦う力がなくなった、もうダメだ」
「まだ戦える!あきらめるな」
リーヌスはテレパシーを使った強力なイメージ誘導ができる。イメージ誘導とは簡単に言うと、脳に幻覚を見せることだ。見る幻覚は人によってまちまちである。過去に起きた恐怖体験・ショック・異常経験が幻覚となって現れる。また、個人の性格、経験、トラウマのあるなしで現れ方が違う。これを一種のテレパシーで発現させることができるのがマーシャン・リームの能力である。影響を受けるのは半径1km以内にいる人間だ。
ウィン博士がカーラに向かって
「核の転送がなんだって!」
「マリコフがまた核弾頭を転送しようとしてるの」
続けて、カルとエル兄弟を紹介した。
「この二人はマーシャン・リームよ」
「核弾頭も”ワープ・ドライブ”だと転送できるみたい。時間がないわ、行かなきゃ。パニックのことはメグに伝えてあるから・・・」
カーラは転送阻止のために現場へ急行した。
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