コンプレックス

本編は「サーシャ~ライザー博士の秘密」…続編です。


コンプレックス

 サーシャはその日以来何度かライザー博士のもとを訪れていた。

ある日ライザー博士がサーシャに

「よかったら・・・君に僕の助手を頼めないだろうか?」

サーシャは願っても見なかった博士からの提案に有頂天になった。

「よ・・・喜んで・・・私でよかったら、全然構いません!」

その日以来、サーシャはほぼ毎日のように博士の研究所に訪れていた。

 博士の助手は彼女ひとりではなかった。他の助手5人とも何らかの義手や義足をつけていた。当然ながら外観からは見分けがつかなかった。サーシャは両足、右腕が義肢、さらに両目も義眼だ。義眼のメリットは視力が2.0以上を常に維持できているし、暗視が効くことだ。夜でも暗視スコープは不要である。義足の両足は脚力がすごい。普通人が遠く及ばない力を発揮する。だけど、普段は極力これらの能力を見せないようにしていた。何故かこの普通人にはない能力が彼女にとってコンプレックスになっていたのである。

 コンプレックスとは、心理学において無意識下にある感情・願望・思考などが絡み合って複合されたものを意味するのだが、意識されない中でも人の行動や気持ちに大きな影響をもたらすものなのだ。

 サーシャの同僚で、助手のシャルルという青年がいた。彼は生まれつき両腕がなかった。両親はそれでも彼が10歳になるまで義肢をつけませんでした。教育方針は「何でも一人でやってみる」ことだった。「腕がないことで被害者意識を持って欲しくなかった」 と両親は話していたそうだ。「あなたならできる」と言われ、失敗しても何度も繰り返した。それが彼を強くした。失敗を恐れず何にでも挑戦するように育ててくれた「両親」がいたから、今の自分がある、・・・とシャルルはサーシャに言った。

彼の生き方に強い共感を覚えた。

 また別の助手メアリーは、自然災害で両足を切断した。豪雨によって河川が氾濫して被災したのだ。足を失ったと気づいたのは災害から1週間が過ぎていたそうだ。

「足がなくなったことで絶望してる暇があったら、できることを探すことが先決だと思っていたよ。でも、不安がなかったといったら嘘になるけどね」・・・と彼女は明るく笑った。そのうち、義足をつけることができるまで、身体が回復すると、彼女の小さな危惧はいっぺんに吹っ飛んでしまった。義足の恩恵は計り知れなかった。さらに、自分の不幸な出来事を積極的に発信するようになった。

サーシャは、なんと強い人なの、・・・と感心した。


それに引き換え、サーシャはありのままの自分をさらけ出す勇気がなかった。義肢のパワーは彼女にとって有難迷惑だと感じていたのだ。普通の生活ができればそれでよいと思っていた。

そんなある日、サーシャはライザー博士に悶々とした胸の内を打ち明けた。

「博士・・・私は自分のパワーをいつも隠そうとしています。これって何なんでしょう?これもコンプレックスですか?」

「君は義肢のメーカーがどんな思いで製品を制作しているのかを考えたことはあるかね?メーカーの設計者の多くは自分自身も障害者であることが多い。テクノロジーを駆使して最適な義肢を作ろうとした結果が、義肢に備わっているパワーだよ。普通以上のパワーが発揮できればそれに越したことはない。文句を言う人はいないだろう。・・・だが、普通に生活できれば良いと考える人も大勢いることは確かだ。むしろそうした人たちのほうが多いだろう。それでも、メーカーはハイスペックを目指さないと生き残れないのだ。それに、異常気象による災害や宇宙開発による事故は年々多発している。そうした人たちの命を救い、新しい人生を最大限に応援する事が、メーカーの課せられた使命だと思う。サイボーグ化のテクノロジー進化は必須の課題だよ。君のように感じる人たちは年々増えている。だけど、決して異常でもなければむしろ正常な考え方だと私は思う。気にすることはないよ」


…続く

写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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