サーシャの誓い

本編は「博士の気鬱な日々」…続編です。


サーシャの誓い


ライザー博士が、

「資源や環境が有限であり、人間の存在がそれらに対して大きくなりすぎたんだ。地球の存続を第一に思うなら、人類は滅びるべきだ。しかし、人類が増殖しようが滅亡しようが地球にとってはなんということもない。地球にとって人間は、水虫菌のようなものだ。だが・・・地球にとってではなく、地球上の現存生物群にとってということであれば話は別だ。故に私は人類を矯正することにしたんだ」


サーシャは食い下がった。

「人類が心掛けなければならないことは、少しでも長続きするように努力を怠らないことではないですか?博士の考えは短絡的すぎます」

「そんな悠長な時間はないのだよ!」

博士はそう言い捨てると、いつものように研究室に閉じこもってしまった。しかし、今日は少々事態が違った。


助手のローラントが

「僕が何とかしよう!」

ローラントは研究所助手のうちで最古参の助手である。彼はおもむろにポケットからカプセルを出した。


「これを使う時が来るなんて思ってもみなかった」


シャルルが

「ローラント、それは何ですか?」

「実は・・・僕と博士は昔、ある実験に没頭していた時に偶然に見つけたんだ。これは、人工金属の組織を接触した金属に変化融合させる事ができるもの。フュージョン反応を引き起こすナノテクノロジーだ。これを注入すると、僕の身体は壁と融合してすり抜けることができるんだよ。でも、それを発見した時、軍の要人に知られてしまった。軍はこのテクノロジーを欲しがっていたが博士は頑なに拒否していた。それで、博士はこれを封印したという経緯だ。でも、秘密裏に、一つだけ、僕に管理するように渡されたんだ・・・今からこのドアをすり抜けるよ」


ローラントは腕をまくってカプセルを注射した。


すると、瞬く間に彼は博士の個人研究室の中に消えていった。そして、中からロック解除してサーシャたちを招き入れてくれた。


研究室の中に博士はいた。


だが、透明カプセルの中に納まったまま目を閉じた状態である。彼は今、グローバルネットワークに自分の意識を接続していたのだ。


ローラントはすぐさまネットワークにつながっているパネルを探し出し接続を切ってしまった。


 博士の意識は戻らなかった。


そして、ネットワーク接続を再開しても博士の意識は戻らなくなっていた。デジタル化された意識はグローバルネットワーク回線に侵入したままなのだろうか?


博士の意識は消滅してしまったのか?

それとも、ネットワーク回線を徘徊しているのか、誰にも分らなかった。


世界中を騒がせていたAIたちの暴走も、それ以来治まっていた。


そのまま、1か月が過ぎていた。サーシャたちは事情を上層部に話し、ライザー博士が戻ってくる可能性が残されている限り、研究室を閉鎖しないように要請した。博士が、人格が変わるほどのどのような情報に触れていたのかわからない。

政府や軍の思惑の最深部に触れてしまったのか?触れてはいけない情報の真相は、今となっては闇に残されたままである。


しかし・・・政府は、AIを使った監視社会をより確実に履行しようとして動き出していた。非常事態や緊急事態のときに独裁政が有利なのは、ある意味では当たり前、という考え方が政府要人たちの間に広がっていた。博士はこの危険な思想に対抗しようとしていたのではないだろうか。


 社会の不穏な空気を察知しながらも、サーシャは彼を救えなかったことに悲しみ、彼の遺志を継いで平和的なアンドロイド技術の研究を続けることを誓うのであった。



写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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