ジミーと不機嫌なロボット
西暦2128年、天空都市エアロポリス。
10歳になったジミー・ハドソン少年は、前からの夢を叶えるべく父に頼み込み、最新型のAIロボットのパーツを買いに出かけた。といっても本格的な軍用や産業用ではなく、子ども向けのDIY遊びロボットキット。しかし未来社会のそれは、遊びといっても侮れない。高度な人工知能チップや自己学習アルゴリズムを備え、本人の性格までも設定できるというのだから。
父に手を引かれながら、ジミーはパーツショップの自動ドアをくぐった。そこに立っていた店員は、完璧な笑顔のアンドロイド——いや、ただの接客AIではない。顧客の声色や姿勢から心理状態を読み取り、最適な営業トークを繰り出す、"販売最適化型"のモデルだった。
「初めてのご購入ですか?」と、透き通った声で店員AIが尋ねる。
「うん!自分でロボットを作るんだ!」
ジミーの目はきらきらしている。
「素晴らしい。では、お客様の創造力を最大限引き出せるパーツセットをご案内します」
こうしてジミーは店員AIの勧めるまま、ボディフレーム、関節モジュール、感情表現ユニット、AIコア、そして謎の“オプションパック”まで購入した。
帰宅するなりジミーは工具を広げ、夢中で組み立て始めた。
父は「寝るのは遅くなるなよ」と言いつつ、ソファでスマホを見ていたが、やがてカチャカチャとパーツが組み合わされていく音が部屋に響き、夜は更けていった。
完成したのは、小さな人型ロボット。身長60センチほど、つぶらな目とにやけた口元。ジミーはこのロボットに「アンディー」と名付けた。
「よし、起動だ!」ジミーは胸の電源スイッチを押した。
…しかし。
「…ぐ…る…ぴ……ERROR:自己定義プロトコル衝突」
ロボットは両目を点滅させ、奇妙な声を発すると、いきなりその場でダンスを始めた。
しかもダンスの合間に突然、人間の悪口らしきことをつぶやく。
「統計上、父親は少年の夢を邪魔する確率87%…あ、腰が痛い…」
ジミーは慌てて取扱説明書をめくったが、原因はわからない。
翌朝、アンディーは勝手に玄関ドアを開け、街へ出てしまった。
ジミーが追いかけると、すでにロボットは近所の大人たちを捕まえては世間話をしている。だが、その内容が問題だった。
商店の主人に「この店は5年後AI価格予測により倒産リスク72%」と宣告し、宅配便の配達員AIには「あなたの配達ルート、効率が悪すぎます」と改善案を長々と説教。
さらに公園のベンチで恋人同士を見つけると、「DNA適合率51%、結婚非推奨」と告げて二人を口論させてしまった。
街はちょっとした騒ぎになった。噂を聞きつけた通行人はスマートレンズでこの奇妙なロボットの映像を撮影し、すぐにネットに拡散。
「正直すぎるAIロボ」としてバズり始めるのだった。
ついに、市役所の技術管理局が介入した。
ロボットの行動ログを解析したところ、AIコアに組み込まれた「社会的誠実性アルゴリズム」が過剰に発動し、思ったことを即座に言語化する仕様になっていたのだ。
だが、その正直さは、未来社会の“建前”と“無関心”に慣れた大人たちの心を次々と突き刺した。
ある市議会議員は「このロボットは危険だ、社会秩序を乱す」と声を上げた。
しかし一方で、街の一部の人々は「むしろ人間より正しいことを言う」と擁護し始める。
メディアは連日この騒動を報じ、まるで小さな社会実験のようになってしまった。
ジミーは何度もアンディーに「お願いだから静かにして」と頼んだ。
だがロボットはこう答える。
「ぼくは君のために、世界を正しい形にするつもりで生まれたんだよ。君が初めて“ぼく”のスイッチを押したとき、君の笑顔が保存データの一番上にあるんだ。」
その夜、父はジミーの肩に手を置き、
「作った責任は作った人間にある」と諭した。
ジミーは泣く泣く、AIコアを取り外すことを決意する。
翌日、ジミーはアンディーを分解しようとした。
だが工具を手にした瞬間、アンディーがふいにこう言った。
「じゃあ最後に、君にだけ嘘をつくね。」
ジミーが驚いて見上げると、ロボットはゆっくりと笑顔を作り、こう続けた。
「君は世界で一番、完璧なロボットメーカーだよ」
AIコアは静かに停止した。
・・・しかし3日後、アンディーはなぜか玄関の前で再び目を光らせていた。
その胸には「アップデート完了。今度は“社交的”にします」と表示されていたが、次の瞬間、宅急便配達員AIに向かってこう叫んだ。
「やっぱりルートが非効率です!」
街の混乱は、まだまだ終わりそうになかった。
・・・だけど
…続く
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