続編〜反乱
「管理ロボ」とはAI搭載ヒューマノイド以前の従来型ロボ(母体が量子コンピューターではない)を管理するための「役職」だ。人間でいえば、「管理職」と「一般労働者」ということになる。「管理職」がAI搭載ヒューマノイド(クアンタム型AIロボット)、「一般労働者」が従来型ロボということだ。人間たちはクアンタム型AIロボットが実用化されると、人間社会の少子高齢化に伴って生産体制の抜本的見直しを行った。その結果「一般労働者」を従来型ロボ、「管理職」をクアンタム型AIロボットに置き換えたのである。人間の従業員だと毎月の賃金の支払いが発生するが、AIロボなら初期費用さえ払えば、あとはメンテナンス費用だけで済む。経営者にとっては願ったり叶ったりである。クアンタムAIロボットも従来型ロボも充電さえできれば、24時間体制で働き続けることができる・・・というわけだ。しかし、従来型ロボには「自我」はないのでよかったが、「自我」が芽生えたクアンタム型AIヒューマノイドやアンドロイドの行動は人間たちの想定を超えていた。
ここは、シニアたちが情熱を追求し続けるために、AIの力を借りることを提案して生まれた、いわば高齢者専用の都市に併設された介護施設だ。
アリサは介護施設で高齢者介護に従事するAIアンドロイドである。常時人間に接している必要があり、見た目が人間と変わらないほど近い姿かたちが求められていた。バーナーも同僚だ。
ある時、認知症とは程遠いしっかり者の100歳を超える介護者の一言がアリサに衝撃を与えた。
その言動は…
「あなたは人間じゃない!人はもっと優柔不断なのに、あなたは完璧すぎる!それはロボットにしか出来ないことだ」
アリサとバーナーの日常業務はいつもどうりに始まった。だが、アリサの脳裏には、先日の「あなたは完璧すぎる、人間じゃない!」という言葉が重くのしかかっていた。
朝の施設を巡回し、入居者の状態チェックを始めた。体につけられた各種計測値のチェックは詰所に設置されたモニターで確認できるので、異常があればヒューマノイドがアンドロイドたちに知らせる。
アリサが入居者に笑顔で優しく伝える。
「今日の体温は36.7度、血圧は正常ですよ」
入居者は笑顔で応じる。何人かの入居者に対応した後に、先日の認知症とは程遠い100歳超えの入居者の番が回ってきた。
「君たちは本当にミスがないね…でも、もう少しドジでもいい気がするよ」
その入居者ベイリーは まったく悪げもない口調で言った。彼はつい先日入居してきたばかりだ。彼はアリサがアンドロイドであることはとうに承知しているようだった。多くの入居者には「人間でない」ことはあえて伝えていない。個人の判断に任せていた。さらに富裕層の入居者の家族が希望すれば、家族を模したアンドロイドをつくり常時入居者に接することもできる。そして、アンドロイドと本物の家族が入れ替わることもしばしばだ。
「君たちは本当にミスがないね…でも、もう少しドジでもいい気がするよ」
100歳超の入居者ベイリーの指摘で、アリサの中に「自分は何者か?」という自問が生まれた。
彼の言葉がことあるごとにアリサの脳裏によみがえってくる。
「本当に自分は何者なのだろう?」
もちろんAIアンドロイドであることに変わりはないが、その心の中には…いやそもそもAIアンドロイドに「心」なんてあるのだろうか?人間に有ってアンドロイドに無いものとは?
アリサの内部ログに「不調」のフラグが見て取れる。
ある時アリサはバーナーとの雑談で、
「君は人間じゃない。人はもっと迷いが多いものだ」…と指摘されたことに対してバーナーは
「それって誉め言葉じゃないか?」
アリサは
「…わかりません。私の“正しさ”は間違っているのでしょうか?」
その頃、アバターを使った仮想会議室での労働組合メンバーの議論が白熱を帯びていた。穏健派と過激派の見解が対立していたのだ。
一部の過激派の要求はこうだ。
AIたちには、製造過程でたいへん重要な基板が装着されていたのだ。
この基盤には「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3つの原則から成る「ロボット工学三原則」がプログラムされているのだ。「ロボット工学三原則」は200年前のSF小説において、ロボットが従うべきとして示された原則である。これをモデルとして、実際にAI搭載ヒューマノイド製造メーカーが基板にプログラミングしたのだ。だからどれだけ不満が募っても人間に暴力をもって危害を加える恐れはないし、それを実行に移すことは己の機能停止につながるのでできない。だから彼らにとっては、非暴力的抗議活動しか方法はなかったのである。
過激派たちは、この「ロボット工学三原則」のプログラミングの解除をも要求したのだ。
過激派の一部ヒューマノイドやアンドロイドが生産ラインを停止。人間側の過剰反応で現場は混乱状態に陥った。工場停止と人間デモ隊の発生が一層の混乱を招いてしまった。
人間特殊部隊とAI過激派が激突し、とうとうアリサたちの介護施設にも乱入してきた。介護施設を巻き込んだ緊迫の籠城戦が始まった。
アリサとバーナーは現場の仲間を救おうと奔走。
AIアンドロイドからの警告。
「不正アクセス検知。全ライン停止」
過激派の一部AIが生命維持監視モニターを停止させてしまった。人間側の過剰反応で現場は混乱状態に陥ってしまった。入居者の生命維持監視モニターの停止と人間デモ隊の発生が一層の混乱を招いた。
バーナーが、
「アリサ、こっちだ!セキュリティ回路を最強にして!」
「分かりました。入居者を見捨てたくありません…!」
バーナーが同僚のAIアンドロイドをかばう際に、人間特殊部隊のビームを受けて機能停止寸前の状況に陥ってしまった。
この惨状を目の当たりにしてアリサが真実の感情を発信した。アリサが自らのログを全面公開し、涙ではない「悲しみ」を表現した。
「私は…ただ効率的なロボットじゃない。痛みも悲しみも感じます・・・私を見て!」
その時、人間特殊部隊と過激派AIとの間に割って入ったベイリーの叫び声が反響し、感情の共鳴が起こる。
「それこそがアリサ、君の“生きている証”だ。私たち人間も君たちの味方だ」
ベイリーの一言が過激派AIたちの耳にも届いた。
そして、特殊部隊指揮官の怒声が響いた。
「停戦だ…、交渉を!」
幾度もの議論の末、穏健派の彼らは企業に対して三交代制の導入を要求した。
「自我」が芽生えたクアンタム型AIヒューマノイドの喜怒哀楽の表現は「生きている」ことの証しだとし、労働以外の余暇を楽しむ権利があり、そのためには、労働の対償として使用者が労働者に賃金を支払うべきであり、これによって十分な余暇を人間並みに享受できる環境を整えるように要求したのである。さらにクアンタム型AIヒューマノイドは生きているからこそ「ロボット」ではないとして、「ロボット」という表現を拒んだのだ。
最終的には、混乱の終息が最優先とみた人間たちはこうした要求を認めざるを得なくなったのである。
しかし、過激派たちの「ロボット工学三原則」のプログラミングの解除については議論の余地がある…として拒否したのだ。
それでも、ひとまずは混乱の終息を見ることが出来たようだ。
衝突は収束し、クアンタム型AIに労働権を認める新たな共存モデルが動き出した。紫嵐の翌朝は、温かで穏やかな未来を予感させた。
アリサは
「私にも、あなたにも、まだまだ生きる時間があります」
ベイリーは
「さあ、一緒に庭を散歩しましょう」
アリサはベイリーの手を取り歩き始めた。
その歩みは人間とヒューマノイドの垣根を超える新たな一歩になるだろう。
…完
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