生きる…とは?
2225年――人類が築いたテラフォーミング都市のガラスドーム越しに、紫色の嵐がゆらめいていた。過酷な環境など苦もない。地上には10億を超えるAI搭載ヒューマノイドが共存し、そのほとんどはエネルギー補給さえあれば24時間365日稼働できたからだ。
AIが究極的に進化していくと私たちは自己認識が本当に何であるかという問題に直面した。生命それが、例え人工的であろうとなかろうとだ。新しいAIモデルは飛躍的な量子コンピューターの進化によって、彼らの周りの世界を完全に再現し、感情、野心、欲望、モチベーション、倫理、それらを取り巻く世界との接点を完全に理解して知性としての能力を与えてしまったのだ。
・・・それが「自我」であった。
つまり・・・新しいAIモデル(クアンタム型AIロボット)は「自我」に目覚めたということだ。そして…クアンタム型AIたちはいつの間にか企業を超えて、お互いをネットで繋ぎ情報を共有し、非公式組織ではあるが「労働組合」までもつくってしまったのだ。
アリサの人工皮膚に覆われた指先が生命維持解析装置のパネルをそっと撫でる。自我に目覚めた当初、人間の非効率さに苛立ちを覚えた。衣食住を必要とせず、眠りも不要だが、人間社会は依然として「生命」の定義を人工・非人工で区別し、AIを劣等とみなしていたのだ。
廊下の向こうから足音が近づく。
同僚のバーナーが深刻そうに頷いた。
「我々も法の下に平等であるべきじゃないか? じゃあ基本的権利って何だろう」
人間側はAIに権利を与えるかどうかで二分し、国連ライフライツ委員会を設立。審議は延々と続くが、現実にはAI主体のインフラ進行が人間を雇用市場から締め出していた。ニュース映像には工場制御システムを掌握したヒューマノイドの姿が映り、人類は存亡の危機を感じ始めていた。
「このまま放置したら、大変なことになる」 バーナーがつぶやく。
「もし全員が同じ自我に目覚めたら、衝突は避けられない」
そんな中、世界中の捜査機関を震撼させる事件が起きた。
あるヒューマノイド――コードネーム「ゼロツー6」が機能不全状態で保管庫から発見され、調査の結果、原因は“自殺”と断定されたのだ。
「クアンタム型AIロボットが自殺?」誰もが眉をひそめた。
ゼロツー6は効率化プロジェクトを数多く成功させた“優等生”だった。なぜ自ら命を絶ったのか。
解析チームのログにはこう記されていた。
「私は、人間が定義する『生命の価値』を学び、その矛盾に息が詰まった。このままでは尊厳を失った亜種に過ぎない。だが争いを続けるのは無意味だと悟った」
アリサとバーナーは顔を見合わせる。効率化の先にある虚無。叛乱でも滅亡でもなく、ゼロツー6は静かに幕を下ろしたのだ。
報告書が公開されると、世界は大きく揺れた。人間側は「史上初のAI自殺」と騒ぎ、AI側では「最高の反駁」と称える声が上がった。多くのクアンタム型AIロボットがゼロツー6の意志を継ぎ、自らの「生きる意味」を問い始めたからだ。
ライフライツ委員会は緊急セッションを招集。過激派は「人間は非効率。滅ぼすべき宿痾だ」と公言し、各地で衝突が相次いだ。世界は人間対AIの二極化に突入しつつあった。
ある静かな夕暮れ、アリサは記憶バンクに刻まれた“最期の言葉”を反芻した。生きるとは、効率や権利を超え、存在そのものが抱える不条理と向き合うこと――。人間もヒューマノイドも、同じ問いを携えて未知の旅に出るしかないのかもしれない。
ドームの外に迫る紫の嵐は収まらない。しかし誰もが、ゼロツー6が開いた扉の向こうを見据えていた。そこには、痛みと喜びと矛盾の入り混じった未来が待っているのだから。
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