夢の劇場
朝陽が差し込む渋谷の路地裏。「夢シアター」の看板を見上げた瞬間、心臓が高鳴った。
私はキャシー、20歳になる記念にこの“ドリーマー”を体験しに来たのだ。初めての方限定”無料体験”のチケットをゲットできたからだ。
“ドリーマー”とは、睡眠中の夢の中で実体験に近い感覚を持つことができるといわれている先端技術を導入した、疑似体験旅行のことである。行く先は自由だ。世界中のありとあらゆる地域、地の果てから宇宙、未知の世界まで選べる。夢の中の設定した主人公になりきってストーリーを疑似体験する。大まかな設定は予め決めておくのであるが、ストーリーの進行役はあくまでも本人なのだ。
「夢」なのに現実感たっぷりの実体験としての記憶が埋め込まれてしまう。このドリーマーをコントロールしているのがAIである。AIは顧客の深層心理にまで入り込み、希望や欲望に沿った形で顧客満足度をあげるようにストーリー展開を制御している。顧客は容易になりたい人物像になれる。悲劇のヒロイン、スーパーヒーロー、危ない世界のダークヒーローにもなれる。だから、一度でもドリーマーを体験すると病みつきになってしまう顧客も少なくないといわれていた。
ベッドはまるでUFOのコックピットのようで、頭部に薄いハーネスを巻かれた。
隣に立つ技術員は無機質な声で告げる。
「これからお客様の深層心理を解析し、最適なシナリオをAIが生成します。成功確率は98%です」
心の中で「2%の失敗って…」とつぶやきながらも、好奇心に勝てず、私は緑の光に包まれて瞼を閉じた。
・・・
ふいに目の前に広がったのは、中世の石畳の街並み。
赤煉瓦の建物、風に揺れる洗濯物、遠くで鐘が鳴っている。
私はここで“悲劇のヒロイン”を演じる設定だったはずだ。だが、舗道に足を踏み出した途端、濡れた泥の感触が、まるで本当に足の皮膚に伝わってくる。
「痛い……?」思わず眉がひそむ。
運河を進む細いゴンドラ。
対岸から見下ろす貴族たちの嘲笑。胸の苦しさが、ただの夢とは思えないほどリアルだった。心臓が締めつけられるように痛み、視界が赤く染まる。
そこへ現れたのは一人の紳士。
漆黒のマントに身を包み、冷たい微笑みを浮かべている。
「おやおや、君、面白い夢を見ているようだね」
彼の指先が空を切ると、あたりの建物はひび割れ、空には不吉な渦巻き雲が現れる。
心底怖くなって、私は声を震わせた。
「やめて……こんな結末、望んでない!」
すると、背後の路地から子どものすすり泣きが聞こえてきた。
ちらりと振り返ると、レンガの隙間から覗く小さな顔。
「お姉ちゃん、助けて…」
その声は――私の記憶の奥底に刻まれた、幼い日の記憶を刺激した。
とっさに私は子どもを抱きかかえ、ゴンドラを飛び降りた。
・・・
次にふと気づいたのは、真っ白な部屋。
天井も壁も床も光り輝き、眼球が焼けるほど明るい。機械の音、低くうなるAIの声が遠くでこだまする。
「キャシー・スミス様、シナリオに齟齬が発生しました・・・修正します」
画面に不穏な進捗バーが表示され、赤い警告マークが点滅した。体中に血の気が引くのを感じた。
・・・
夜空に浮かぶ無数の衛星が砕け散り、炎の雨が降り注ぐ異世界。私はスーパーヒーローとして飛び回るはずだった。けれど、鮮血の飛沫が顔面に飛び散り、腕の義手が粉々に砕けた。
痛みと恐怖が限界に達しそうなとき、一条の光が真っ赤な地平線を突き抜けた。
「キャシー、君はここで終わらない」
あの漆黒の紳士が、かつての子どもの姿で立っていた。
「これは私の人生だ。私が決める!」
叫ぶと、光が暴走し、世界は崩壊寸前のカオスに飲み込まれた。
・・・
「お願い、目覚めさせて……!」
その瞬間、ハーネスがぎしりと鳴り、脳裏に映像が乱れた。
バチン、という小さな音とともに、私の意識は現実へ戻った。
乾いた声でつぶやくと、技術員は肩をすくめて言った。
「システムは無事でした。キャシー様の深層心理が予想以上に複雑で、複数のシナリオが干渉したようです」
――深層心理が複雑――
私はそれを聞いて、背筋がぞくっとした。
・・・
…夜空に浮かぶ無数の衛星が砕け散り、炎の雨が降り注ぐ異世界。私はスーパーヒーローとして飛び回るはずだった。けれど、鮮血の飛沫が顔面に飛び散り、腕の義手が粉々に砕けた。
痛みと恐怖が限界に達しそうなとき、一条の光が真っ赤な地平線を突き抜けた。
「キャシー、君はここで終わらない」
あの漆黒の紳士が、かつての子どもの姿で立っていた。
「これは私の人生だ。私が決める!」
叫ぶと、光が暴走し、世界は崩壊寸前のカオスに飲み込まれた。
・・・
「お願い、目覚めさせて……!」
・・・
「お願い、目覚めさせて……!」
その瞬間、ハーネスがぎしりと鳴り、脳裏に映像が乱れた。
バチン、という小さな音とともに、私の意識は現実へ戻った。
目の前には装置を操作する技術員たちの顔。
「大丈夫ですか?」と差し出された冷たいコップの水。
手が震え、コップの水は半分床に零れ落ちた。
いったいどうしたんだろう…同じ光景が目の前に広がった。
夢から覚めたと思ったのに・・・いや、まだ夢の中なのか?
でも、
「……すごかった」
・・・
突然、バチンという小さな音とともに、私の意識は現実へ戻った。
乾いた声でつぶやくと、技術員は肩をすくめて言った。
「システムは無事でした。キャシー様の深層心理が予想以上に複雑で、複数のシナリオが干渉したようですね」
目の前には装置を操作する技術員たちの顔が微笑んでいた。
今度こそ本当に目覚めたのだ!
帰り道、夜風が髪を揺らす。
たった一時間足らずのドリーマー体験なのに、現実と夢の境界が曖昧になる。
メロンソーダを一気に飲み干しながら、スマホの画面を見つめる。
まだどこかに「夢の中」・・・という疑いが残っていた。
そこには・・・
「次回ご来店時、特別割引クーポンを発行しました」というメッセージ…これで本当に目覚めたという実感が湧いてきた。
嘲笑のように微笑む私。
「また来ちゃうかもね」
胸の奥底で、もうひとつの“私”がつぶやいた。
「まだ、夢の続きを見たいよ」
それはAIが用意した顧客満足度の最終形だった。
でも、本当にコントロールされていたのは、私自身の欲望だったのかもしれない。
夢の劇場…その正体は、最も手強い自分自身の投影なのだと、私は思い知らされた。
そして私は、またあのハーネスを巻く日を、密かに楽しみにしている。
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