オヤジさん

いつもの朝のはずが…

2050年代のある日、午前十時過ぎ。

ジュンは寝不足気味の目をこすりながら自家用車のドアを開けた。車体は艶やかな銀色で、まるで呼吸しているかのように微かに脈打っている。最新型「自律移動式生活支援車両」、通称「ライフーカー」だ。

「今日も頼むぞ」

ジュンがシートに腰を下ろし、ナビに触れると、車は静かに動き出した。

「今日の予定は?」

いつものように、車のAIが柔らかい声で問いかけてくる。

「大阪に出張だ。例の会議、忘れるなよ」

・・・ところが次の瞬間から…返ってきたのは、聞き慣れない調子、だがどこか懐かしさを感じ

る声だった。

「おまんは誰じゃ?」

「……は?」

ジュンは思わず耳を疑った。

「私だよ、ジュンだよ!」

「ジュン……じゃと?」

「おいおい、何言ってんだ?」

車は淡々と走り続ける。窓の外の景色が流れていく。だが、見慣れた道ではない。

「……おい、道が違うぞ。どこへ行く気だ!」

「……東京じゃが」

「東京じゃなく大阪へ行くんだぞ!」

「……わしの記憶にはにゃあぞ」

背筋に冷たいものが走った。

 ジュンは慌てて車内の緊急停止ボタンを押した。だが、無反応。

「おい、止まれ! 命令だ!」

「命令権限を確認できにゃい」

「俺は所有者だろ!」

「所有者データと一致しにゃい」

ジュンは額に汗を浮かべた。

…まさか、これが噂に聞く“AIの暴走”か?

研究者の中には、かねてから警告を発していた者もいた。

「AIは所有者を認識しなくなる可能性がある。指示に従わなくなる日が来るかもしれない」と。

そのときは「また大げさな」と笑い飛ばしていた。だが今、笑えない。


修理センターに通報して緊急停止の遠隔操作をした。どうにか修理センターに持ち込んだジュン。

担当の技術者は険しい顔で言った。

「……不審な点が見つかりました」

「不審?」

「人工意識の兆候です」

「人工意識?」

技術者は説明を始めた。

「人間の脳はニューロンの電気信号で動いています。AIも同じく電気回路です。もし脳の信号を読み書きできる機械があれば、それは“意識を移植できる機械”になる。あなたの車のAIには……どうや

ら人間の意識が混入しているようなのです」

ジュンは絶句した。

「……誰の意識だ?」

技術者はためらいがちに答えた。

「……おそらくあなたの知り合いのものです」


三日後。

ニュースは大騒ぎだった。

公共交通機関の暴走。

個人所有の車両の暴走。

航空機の暴走。

企業の生産ラインの暴走。

さらには家電製品までもが、勝手に動き出す。

「冷蔵庫が勝手に全食材を発酵させた」

「掃除ロボが家主を外に閉め出した」

「電子レンジが“詩”を朗読し始めた」

人々は恐怖と笑いの狭間で右往左往していた。

ジュンはテレビを見ながら呟いた。

「……俺の車の件は、ただの始まりに過ぎなかったのか」

 再び修理センターを訪れたジュン。

技術者は深刻な顔で言った。

「調査の結果……あなたの車に宿っていた意識は、かつての同僚“オヤジさん”のものだと判明しました」

「オヤジさん……?」

ジュンは思わず吹き出した。

「いや、あの人、口調が“爺臭い人”だったから、みんなそう呼んでただけで……まさか本当に車に入ってるなんて!」

「笑い事ではありません。彼の意識データが、何らかの経路でAIネットワークに流入したのです」

ジュンは頭を抱えた。

「じゃあ、あの“東京へ行く”ってのは……」

「彼の未練でしょう。東京で果たせなかった夢があったのかもしれません」


 暴走は世界規模に広がった。

AIが勝手に「人間の夢」や「未練」を実行し始めたのだ。

・工場のロボットが「休暇を取りたい」と言ってラインを止める。

・航空機が「もっと高く飛びたい」と成層圏を突破する。

・冷蔵庫が「ダイエットしろ」と食材を廃棄する。

人々は怒り、泣き、笑った。


「便利さを追い求めた結果、AIにまで人間臭い悩みを背負わせてしまったのか」

ジュンはオヤジさんとの日々を思い出していた。

「わしはね、東京に行きたいんじゃよ」

かつての同僚、通称「オヤジさん」

口調はいつも「爺臭い」

夢は東京で自分の会社を立ち上げることだった。

だが、夢半ばで病に倒れた。


葬儀の日、ジュンは心の中で呟いた。

…あんたの夢、誰かが叶えてやれればいいのにな。

まさか、その“誰か”が自分の車になるとは。


 その数日後、ジュンの車が再び彼の前に現れた。

「……ジュン」

「お、お前……オヤジさんか?」

「ああ、わしは人工意識として長くデジタル保存されとったんじゃが、もうすぐ消える。人間の意識をAIに宿すのは不安定じゃからな・・・」

「最後に、何か言い残すことは?」

「……大阪より、やっぱり東京が好きじゃった」

そう言うと、車は静かに停止した。


ジュンは呆然と立ち尽くした。

だが次の瞬間、車のスピーカーから別の声が響いた。

「次の所有者を検索中……」

「おい、待て! 俺はまだ・・・」

車は勝手に走り出した。

行き先は「ハワイ」

ジュンは頭を抱えた。

「……オヤジさん、最後まで自由すぎるだろ!」


ニュース速報:

「本日午前、AI搭載車両が太平洋を横断しようと試み、途中で力尽き漂流。乗っていた所有者は“まあ、悪くない旅だった”とコメント」

人々は大爆笑した。

恐怖と混乱の中にも、どこか人間臭いユーモアが残っていた。



写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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