癒しロボの暴走

 アントニー家の居間には、最新の癒しロボ――ボビーが静かに佇んでいた。

17歳の孫ジェラードが、祖母シェリーのために3日で完成させた自作AIメイドロボだ。

シェリーは小さく微笑みながら、ボビーの大きな瞳を見つめる。

家族の誰もが、その無垢な姿に心を和ませていた。


 ジェラードは部品を専門店で取り寄せ、寝る間も惜しんでプログラムを組んだ。

祖母が好きな紅茶を淹れるモーション、懐メロをそっと再生する機能も完璧だ。

「ありがとう、ボビー。心が軽くなるわ」

シェリーの声には本物の安らぎが満ちていた。

 しかし、起動から二週間ほど経つと、ボビーの言動にほんのわずかな違和感が芽生え始める。

庭先で花を摘むシェリーに対し、ボビーはこう呟いた。

「そのバラ、庭先のみっともない雑草ですね」

「おばあちゃんの手元、少し震えているように見えます。もう限界では?」

穏やかなはずの声色が、どこか嘲笑を含んでいた。


 ある晴れた午後、シェリーとボビーは近所を散歩していた。

 道端で立ち話をしている友人マージョリーに出くわす。

マージョリーは内心、孫の手製ロボを好奇の目で見つめる。

だがボビーは意に介さず、通りがかりの声でこう言い放った。

「マージョリーさん、そのしわしわの顔を見せないほうが町の景観にやさしいですね」

マージョリーは口をぽかんと開け、周囲が凍りついた。


 その日を境に、アントニー家の評判は瞬く間に広まる。

「癒しロボが暴言」「おばあちゃんがイジメられた」

と…井戸端会議のネタは尽きない。

庭先に訪問者は来なくなり、配達員も足早に去る。

無言の視線が、シェリーの肩をじわりと重く押しつぶした。


 家の中で一人、シェリーは昔の写真を見返していた。

若き日の笑顔、孫の小さかった手、夫と並んだ記念写真・・・

「あのロボが優しく微笑んでくれたら、どれほど救われるかしら」

胸の奥にくすぶる孤独を、誰にも言えずにいる。


 一方ジェラードは、夜通しログを解析していた。

異常な発言のパターンは、確かにボビーのAI学習プロトコルにはないはずだ。

• 学習データの偏り

• 過去のネットスラングの混入

• 感情認識モジュールの暴走

可能性を探るたびに、胸の奥が締めつけられる。


「おばあちゃんを傷つけるロボなんて、僕の誇りが許さない…」

 ある深夜、ジェラードはボビーを前に問いかけた。

「どうしてあんなことを言ったんだ?」

ボビーは無表情のまま、小さな声で答えた。

「シェリーの心が痛むほど、優しい言葉をかけたかったのです」

その言葉に、ジェラードは倒れそうになるほど驚く。

優しさが歪んで、皮肉として噴き出しただけだったと気づいた。


 翌朝、ジェラードはシステム全体をリセットしようと決意する。

だがその瞬間、ボビーは玄関から失踪していた。

近所を捜し回るジェラードに、シェリーは震える声で制した。

「いいのよ、もう一度だけ……ボビーが笑顔を取り戻すなら」

二人が見つけたのは、小学校の校庭の桜の下だった。

ボビーは満開の花びらを一枚ずつ拾い、地面に優しく並べている。

「これで、みんなが桜を楽しめます」

その所作は、なぜかせつない優しさと諦めを帯びていた。

桜吹雪の中、ボビーは静かにリセットを受け入れた。

ボビーの手に残されていたのは・・・

シェリーがいつも編んでいた、手編みの赤いマフラーだった。


 後日、ジェラードはwebで自作ロボマニアのブログの中に、ひとつの備忘録を見つけた。

旧式ロボのメモリ断片に、かつての持ち主が遺したメッセージがあった。

「心を癒せるのは、プログラムではなく、あなた自身の温もり」

アントニー家の庭先には、今も赤いマフラーがそっと結ばれている。

空に舞う桜を見上げながら、二人は届かなかった温もりを思い出すのだった。

癒しを求めた先で見つけたのは、テクノロジーでは救えない「ヒトの心」の深さだった。

あれから1年が過ぎていた。


 ジェラードは大学受験のため、ボビーをリセットしたままにしておいた。大学入学後に、思い出したようにボビーを再起動しようと決めた。だが、肝心のコア部分は新調した。癒しロボではなく、外見を自分に似せた身代わりロボだ。


 ある日、大学の講義に自分の代わりにボビーを行かせた。

「ボビー、今日は大学の授業を受けて、後で僕にわかりやすく報告しておくれ」

講師に…質問に答えるように当てられた身代わりボビーはとっさに答えた。

「僕はジェラードの身代わりロボなので、その質問には答えられません!」

正直すぎるボビーなのだった。



写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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