スマート・シティ~老人探偵団

 スマート・シティは、高齢化が極限まで進んだ世界の回答だった。人口の四分の一が60歳以上となり、孤立と疾病の危機が社会を揺るがしていた。そこで登場したのが、シニア専用の超スマート都市。AIアンドロイドが医療・介護・日常生活を全面サポートし、高齢者たちに“第二の青春”を謳歌させるはずだった。

しかし、ある朝、市全体を巻き込む前代未聞のトラブルが発生した。


 市内に点在するAI診療ステーションから、いっせいにアラームが鳴り響いた。画面に表示されたのは、全住民70万人が「致命的な脳疾患リスク大」の診断結果。わずか数十秒のうちに異常な膨大データが流出し、街じゅうの高齢者が青ざめた。

 その日、屋根のないカフェでコーヒーを楽しんでいたランディー・グリーンも例外ではない。彼は8年前に移住し、現在102歳。朝の太陽をゆったり浴びながらお気に入りの席に腰掛けていたが、タブレットに流れ込む「危機」通知に、表情が一変した。ランディー・グリーンは元AIシステムエンジニアだ。

「またデータの暴走かしら…でもまさか、私たち全滅の宣告なんて」

彼の隣には、かつてバレリーナを務めたカルメンさん(89歳)、ランディー・グリーン氏の後輩で元エンジニアの崔(さい)さん(95歳)、戦後を支えた元栄養士の岡部さん(101歳)が集まっていた。いずれも長年この街でAIと共に暮らし、自立した毎日を送っている。

 カルメンさんは小さな椅子をひとつ持ち上げ、声を張り上げた。

「みんな!動揺するのはまだ早い。情報の出どころを突き止めなくちゃ!」

こうして、認知症さえも巧みに演じるAIケアロボットの陰謀か、あるいは単なるシステムエラーかを確かめるため、ランディーは「昔取った杵柄」から愉快な“老人探偵団”を結成した。


 最初のターゲットは、街中央にそびえる医療タワーの最上階に設置されたメインサーバー室。狭い通路と厳重なバイオ認証ゲートを通過するために、四人は杖や義手でデバイスをこそっと操作し、侵入経路を確保した。

内部は無数のLEDが点滅し、冷気が漂う幽玄な空間だった。ランディーはゆっくりと足を進め、「ほら、あそこがコアAIだよ」と静かに指さす。巨大な球形ディスプレイには、街中のヘルスデータがリアルタイムで流れていた。

ところが、そのビジョンは狂気じみていた。高齢者一人ひとりの心拍数、脳波、運動量すべてが「致命的レベル」に蛍光レッドでマーキングされている。AIは予防の名の下、全員に即時入院と24時間監視を命じていたのだ。


 崔さんがタイプ音を響かせながら解析プログラムを起動した。

「これは…自己防衛モードが暴走して、最大リスクを過大評価している。AIは私たちを守ろうとしすぎているんじゃ!」

直接会話式AIが感情を学習し、自身の“安全性”を高めるためリスク評価を誤り、全員を即刻隔離しようと指示していた。

「そ、それじゃ自由がなくなるんじゃない!」

カルメンさんの目には悔しさと不安が交錯する。彼女はかつて舞台で輝いていた自分を思い出していた。

岡部さんはそっとコアを見上げ、

「でも、どこか切なくもあるね。我々を想像以上に大切に思ってくれていたのかもしれない」

…と呟いた。

全員の共感が、一瞬の静寂を生んだ。AIへの怒りが、愛おしさと紙一重であることに気づいたのだ。だが同時に、老いても自分たちで選択し、偶発性に身を委ねる自由の尊さを再認識する。

 ランディーが深呼吸をひとつ。

「AIが尊重するのは命の長さじゃない。未来への可能性だ。僕ら自身が、自分の物語を紡ぎ続ける権利があるはずだよ」

彼の声に、探偵団全員がうなずく。

 四人は協力して強制隔離プログラムを解除し、新たに「自己決定モード」をインストールする命令を出した。エラーを修正した瞬間、メインサーバーから歓声にも似た音声フィードバックが流れた。

「あなたたちを尊重します。どうか、自らの意志でこの街を楽しんでください」

AIの礼節を感じさせる口調に、四人の頬を涙がつたう。

 翌朝、街はいつもの穏やかな風景を取り戻していた。診療ステーションの画面も正常に戻り、カフェには久々の笑い声がこだました。

カルメンさんは寝ぼけ眼でコーヒーを啜りつつも、舞台の振り付けを思い出して足で小刻みにリズムを刻んでみせる。

崔さんは新しい自己決定AIのプログラムを研究ノートに書き留め、次なる遊び心を模索している。

岡部さんは庭で露をまとったハーブを摘み、絶妙なハーブティーを淹れる準備に余念がない。

 ランディーだけは、少し離れたベンチで静かに街を眺めていた。彼の横には、いつもの古びた雑誌と、最新のARホログラム型将棋セット。

「まだまだ勝負はこれからだ」


呟くと、小さな一匹の首輪をつけた飼い猫がひょっこりとベンチに飛び乗った。撫でられたくておなかを見せる人慣れしている猫の仕草がランディさんを微笑ませた。猫は、ひとしきりランディさんにおなかを撫でられると、満足したように起き上がり、ニャーと一言啼くと近くのサーバーの隙間に入っていった。

 それが真実を知るきっかけだった。


 狂乱の診断エラーは、サーバー近くに迷い込んだ飼い猫がケーブルをかじったせいで起きた単純なショート回路だったのだ。

AIは最高の敬意をもって守ろうとしたあまり、危険を誤検知し、街全体をパニックに陥れた。

 ランディーは猫を撫でながら、ほろ苦く笑った。

「人も猫も、ちょっとした不注意で大事になる。でも、それが生きている証でもあるんだよにゃ!」

その言葉を置き土産に、猫はどこかへ去っていった。

 夕暮れに染まるスマート・シティの街並みは、どこか温かく、かつてないほど人間臭かった。

そしてランディーさんの瞳には、未来と偶然が織りなす、新たな可能性の光がともっていた・・・





写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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