続編~異文化調和のレシピ
隔離エリアから運び出されたリラはゆっくりと意識を取り戻した。額には冷えたタオルが当てられ、呼吸はまだ乱れている。背後に控えるUNスタッフの視線に、美奈は言葉を選びながら声をかけた。
「ごめんなさい。あなたたちの文化を傷つけてしまって…」
リラは疲れた声で微笑み、淡い銀色のまつげを瞬かせた。
「非難はしないわ。私たちにも学ぶべきことがある。地球の食文化を守ろうとする情熱は、あなたたちの誇りだから」
この言葉が転機となった。
日本政府は「異星人文化調和プロジェクト」を立ち上げ、美奈を含むプロジェクトチームを編成した。メンバーはシェフ、食品開発者、倫理学者、エイリアンとの仲介官──総勢十数名にのぼる。美奈はUNで培った通訳スキル以上に、企画・交渉のハンドリング役として動くことになった。
最初の課題は、動物性食品を一切使わずに「和食」を再現すること。チームは早朝から分厚い実験レシピの山に取り組んだ。大豆たんぱくを特殊加工し、鮭の食感に似せる。海藻を微細粉末にしてツヤのある煮物に。山頂で入手した山菜の風味を生かした餅。失敗と試食がくり返されるたび、調理室には歓声と嘆きが交錯した。
二週間後、国連本部の特設ホールに椅子が並べられた。テーブルには高級漆器。銀色のステンレスプレートには、見た目だけは鮮やかな寿司や天ぷら、茶碗蒸し風の一品が整然と並ぶ。壁には「地球の恵み from 日本」と書かれ、ほのかな檜の香りが漂った。
リラをはじめとする異星人代表団が静かに入場する。手には光学迷彩ガラスの眼鏡を携え、細かな映像解析を狙ってか、テーブルに近づいては立ち止まる。美奈は脇で深呼吸し、英語・日本語・彼らの共通語を交えた挨拶を始めた。
「本日は、地球の食文化を尊重しつつ、動物を犠牲にしない“調和和食”をお楽しみください」
最初の一口は、薬味の効いた枝豆ペーストを載せた小鯛風のソイバーガー。リラは唇を寄せ、慎重に頬張った。周囲が見守る中、彼女の瞳がほんのわずかに潤む。
「これは…感動的だわ」
低く震える声が静寂を切り裂いた。ほかの異星人も次々と口に運び、無言のまま頷きを重ねる。
続く天ぷら風・・・その正体は大根とトウモロコシのガレットも好評だった。最後の茶碗蒸し風は、昆布エキスと豆乳を絶妙に合わせた滑らかな舌触り。「まるで命の温かさを感じる」と評する者もいた。
歓声に包まれるホールで、美奈は安堵と興奮が入り混じった表情を浮かべる。一方、プロジェクトリーダーの高橋シェフは汗を拭いながらも誇らしげに言った。
「これで一歩踏み出せた。次は地球全体の市場で、本格的に販売できるようにしよう」
しかしその矢先、世界中のSNSで新たな騒ぎが起きた。
異星人代表の一人、ゼーヴがプライベートで開発中だった次世代プロテインを地球人に試食させたという映像が流出したのだ。彼が皿に盛ったのは、小さな透明カプセルの中で生き続ける微生物群──「活きマイクロシアターフード」。カプセルを割って舌に乗せると、プチプチと小さな触覚を感じるという。
映像に映る人間の表情はおおむね悲鳴と悶絶。
「地球人は動物の死骸を食べて野蛮だ」と嘆いた異星人が、今度は微生物の生命を感じる食事を披露し、地球人を失神させたというのだ。瞬く間に「プチプチで失神」というハッシュタグが世界を駆けめぐる。
高評価も低評価も入り混じるコメントの洪水。あるものは「新しい食感!さすが先進文明」と賞賛し、またあるものは「気持ち悪い」「もう地球の恥は返上だ」と罵倒する。
美奈は頭を抱えた。平和的な調和のつもりが、再び混沌をまき起こしていた。
そんな混乱の中、リラからメッセージが届いた。
「あなたたちも負けていられないわ。地球人らしいアイデアが必要よ」
美奈は笑いをこらえながら返信した。
「では、地球にしかない“おもてなし”をお見せしますね」
数日後、UN本部前の広場に巨大なセントラルキッチンが設営された。テーマは「五感で遊ぶ地球祭」
天ぷらを火山風に揚げ、鮨を光る皿で演出し、香りのカプセルを手渡す。最後には、地元の高校生バンドが演奏しながら、屋台で抹茶ソーダを配る。
異星人は眼鏡をかけて興味津々に体験し、地球人は皆で踊り、手を取った。嘔吐も気絶もない・・・ただ、全身で文化の衝突と融和を味わっていた。
美奈はその真ん中で、世界がひとつになる瞬間を目撃した。
夕暮れ、自由の女神が赤く染まるころ…リラは改めて美奈に言った。
「あなたたちの世界は混沌としている。でも、それが美しい。異文化は壊すものではなく、響き合わせるものなのね」
美奈は頷き、風に揺れるタブレットをそっと閉じた。
「異文化共生はいつも騒動の連続。でも次は、もっと面白いアイデアを用意しておきますね」
夜空に散りばめられた星々の向こうで、ヒューマノイドたちは地球の奇妙な宴をじっと眺めている。やがて世界通貨《コア》の取引数は前月比五倍に跳ね上がった。何を売り買いしているのかは誰にもわからないが、生き物の死骸をめぐる騒動がもたらしたのは、確かな「好奇心」と「対話」であった。
そして人類は、またひとつ新しい物語を紡ぎ始めるのだ。
…完
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