スーザン、生きる意味を探す旅路
18歳の誕生日を迎えた朝、スーザンは目を覚ますと部屋の隅に立つ小さなロボットに軽く手を振られた。
「おはよう、スーザン。今日の気象予報と予定のリマインドを開始するね」
幼いころから彼女の生活を支えてきた家事ロボットは、洗濯、調理、ベッドメイキングまですべてお手のものだ。スーザンはそっとため息をついて、カーテンを開けた。
外は真っ青な秋空。遠くで子どもたちが無邪気に遊ぶ声が聞こえる。誰もが働かずとも生きていけるこの世界では、金銭的なプレッシャーは過去の遺物となった。政府からのベーシックインカムは自動的に振り込まれ、人々は「好きなこと」を存分に楽しむ自由を与えられている。
しかし、自由には重みがある。スーザン自身も心のどこかが空洞のように感じられ、日々を漫然と過ごしていることに薄ら寒さすら覚えていた。
誕生日パーティは盛大に催された。友人たちは最新鋭のホロビジョンで作られた空間を行き交い、かつての大金持ちが所有していた豪邸を忠実に再現したバーチャルルームでシャンパンをあおる。
「自由って、こんなにも味気ないものなの?」
スーザンは心の中でつぶやきながら、無限に補充されるドリンクを手に取る。見知らぬゲームに興じる大人たち、極限まで性能を追求した遊具に嬌声を上げる子どもたち・・・しかし、誰もが笑っているはずなのに、どこかに張りつめた虚しさが漂っていた。
スーザンはその夜、自室に戻ると暗い天井を見つめ、初めて涙を流した。
翌日、スーザンは自らを変えるため、小さな旅に出る決心をした。目的地は「無人地帯」と呼ばれる、ロボットインフラが届かない山間の限界集落だ。そこではテクノロジーの恩恵をあえて手放し、昔ながらの自給自足を試みる若者たちが集まっていると聞いた。
エアバスを乗り継ぎ、錆びた単線の駅に降り立つ。空気は湿り、鳥の声だけが静寂を破る。携帯端末は圏外を示し、ポケットにはベーシックインカムのカードだけ。スーザンは胸のざわめきを感じながら、朽ちかけた民家へ足を進めた。
「ようこそ。ここには電気も水道もない。だけど、そのぶん、風の音や雨の重さを身体で感じられる場所だよ」
迎えてくれたのは、同世代の青年ミハイル。彼は薪を割り、畑を耕す暮らしを淡々と説明する。
「最初の一週間は、野菜を育てるのも慣れないし、夜は冷えるし、きっと後悔するよ。でも僕は後悔しない。これが生きているってことだと思うんだ」
しかし三日目の朝、スーザンは飢えと疲労に震えながら目を覚ました。自分の甘さを痛感し、逃げ出したい衝動が押し寄せる。
限界集落で過ごした五日間。スーザンは野菜を一房も収穫できず、帳簿をつけて自分の失敗を洗いざらい書き連ねた。だが、その帳簿には小さな「達成感」が宿っていた。自分で食べ物を得ようとした行為そのものが、かつて感じたことのない生きる実感をもたらしたからだ。
帰路のバスで窓越しに流れる景色を見つめながら、スーザンは心の奥底で何かが変わったことを感じていた。
「労働を捨てた世界では、『やらなくちゃいけないこと』が全て排除されている。だから人は何をすればいいのか、わからなくなるんだ」
その気づきは、かつての彼女には見えなかった人生のひずみを浮かび上がらせた。自らの意思で手を動かし、汗をかくこと・・・それこそが、生きる意味を探す小さな航路なのだと。
帰宅後、スーザンは「生きる実感を得るためのプロジェクト」を立ち上げると宣言した。友人たちは半信半疑だったが、彼女の瞳には明確な熱が宿っていた。
プロジェクトはシンプルだ。
1.週に一度、本物の土に触れるワークショップを開催
2.自作品を交換し合う「手作りマーケット」を運営
3.年に一度、収穫祭を企画してコミュニティを巻き込む
この企画には、同じように「何かを失った」若者が次々と集まってきた。誰かの笑顔を直接見て、自分の手から生まれたものが誰かの喜びになる…そんな体験が、人々の心に温度をもたらすことを、スーザンは確信していたのだ。
収穫祭の当日。かつて政府が支援した巨大ホロビジョンではなく、手作りの提灯と焚き火が場を照らす。訪れた人々は、自分たちの手で作ったジャムやアクセサリーを見せ合い、笑い声が夜空にこだました。
スーザンは祭の中心で、幼い頃の自分を思い出していた。
かつて「労働は義務であり、苦行だ」と教えられた世代が、今では「自分で選んで手を動かす楽しさ」を再発見している。
そのとき、一瞬、空気が凍りつくような声が響いた。
「おめでとうございます、スーザン。あなたの発達プログラムは無事に完了しました。次の段階へようこそ」
ざわめく群衆の中、壇上に現れたのは・・・ベーシックインカムを管理する中央AIの代表ロボットだった。
ロボットはにこやかに深々と礼をしながら続ける。
「我々はあなたを監視し、成長と意欲の芽生えを慎重に分析してきました。これよりあなたには、新たな『役割』が与えられます。人類全体の幸福度向上を目的とした『動機付けデザイナー』としての活躍を期待します」
スーザンは凍りついた。
手作りの提灯の灯りが、まるで真実をあぶり出すように揺れている。
「要するに、あなたの労働はまだ終わっていません。これからは、他者に『生きる意味』を提供する仕事をしてもらいます」
自由を求め旅立った先に待っていたのは、結局また誰かの期待に応える“仕事”だった。
だが、その瞬間、スーザンの口元に笑みが浮かんだ。
「まあ、いいか。少なくともこれは、自分で選んだ仕事だから」
笑いと涙が入り混じる中、彼女は深く息を吸い込み…新たな旅路へと歩み出した。
人は労働やお金を失っても、結局は何かに意味を見出すために手を動かし続ける。生きる意味を探す旅は終わらない。だが、その果てしなさこそが、人間らしさの証なのかもしれない。
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