ルネ208

 今日も何もすることがない。何もする必要がない。すべてが自動で生かされている。

 私の名前はルネ208という。何故名前に数字が入るのかを説明することは、とても勇気のいることなのでもうすこし後でお話しましょう。今は久しぶりの外出を満喫したいのです。太陽がまぶしく輝いています。自動走路にはたくさんの人で溢れています。子供たちがはしゃいでいます。いつもと変わらない日常です。澄んだ空を見上げると、数十台のエアカーが飛行ルートを流している。一番低いルートが地上から100メートル。そこから100メートル毎にルートが設定されているので交差し交わることはない。地上に目をやると、正面に巨大な緑地公園が鎮座している。さらに右手に見えるのが巨大なドーム。これはスポーツ競技場だ。ドーム周辺にひっきりなしにエアカーが出入りしている。今日の試合は野球かサッカーかそれとも誰かのコンサートだろうか。

 彼らも我々と同じように娯楽を楽しむことができるというのが、いまだに私には信じられない。彼らは私と同じように喜怒哀楽を表現できることが信じられないのだ。なぜ彼らは娯楽を楽しむのだろう。そもそも「楽しむ」ことが必要なのか私には疑問だ。彼らは私たちを完全に模写している。ビジネスもアートも、スポーツも、ショッピングも、経済までも、世界中のありとあらゆる動向を模写している。でも文句は言えない。その模写をさせたのは我々自身なのだから。我々の築いてきた世界を残すために、長い年月をかけて模写させてきたのだから。しかし、ただ一つ模写されていないものがある。紛争、戦争といった排他的な行為は見たことがない。

 自動走路の幅は方歩道だけで20メートルもある。走路には違いないけど移動速度が非常にゆっくりである。だから、この走路内を自由気ままに歩き回ることができるのだ。中にはランニングをしている連中もいる。一つだけルールがある。ランニングは進行方向にのみ許されている。目的地が近づいたら脇道に入り走路を降りることになる。走路は地上30メートル付近をビルの谷間を縫うように流れている。雨風が強いときは透明なフードがせり出してきて走路の上を覆う。このフードは伸縮自在だ。だから走路のカーブに対しても柔軟にフィットしている。今日は晴天なのでフードはない。どこまでも穏やかな日である。そう、彼らが我々を模写し始めたころから、この平穏が続いている。模写自体はもう何十年も前から始まっている。

 突然後ろから走ってきた小さな子供が、追い越しざまに私のそばで足がもつれ倒れてしまった。私はすぐさま子供を起こしてやった。

「ぼく、大丈夫か?」

「平気だよ」

子供は元気に答えた。

後ろから母親がやってきて

「すみません、助けていただいて・・・」

「元気なお子さんですね」

他愛のない会話でその場の雰囲気が和む。

 男の子は五歳だと言っていたが、実年齢であるはずはないのだ。この親子も模写された日常を営んでいる。人間の子供自体が世界中からいなくなってもう数十年になるのだから。

この親子はアンドロイドだ。アンドロイドは人型ロボットなのだが、彼らの電子頭脳にはAIが搭載されている。見た目は人間そっくり、区別がつかないが、成長あるいは老いとは無縁だ。人間の性格や記憶までもがAIに移植されているのだ。人間たちは、自分が生きていた証として、自分を模写した姿でアンドロイドを造った。

 なぜそうする必要があったのかをお話しいたしましょう。

 事の起こりは80年ほど前のことだ。未知のウイルスが人間たちを襲った。このウイルスは人間の健康状態を害することにはまったく興味を示さなかった。だから、感染した人間たちも全く気付かないまま20年もの時が過ぎてしまった。世界中の国で出生率が激減し始めて、ようやくこのウイルスの存在があきらかになったのだ。人の生殖機能が働かなくなるというとんでもないウイルスだったのである。現存している人間のほぼ99パーセントが子孫を残せない状態になってしまった。あらゆるテクノロジーを駆使しても人口を増やす術は失われてしまった。

 人類存亡は時間の問題となった。そこで人間たちは自分が生きていた証として、自分を模写した姿でアンドロイドを造り始めたわけだ。さらに人類が存在した証として、人間社会そのものをアンドロイドたちに模写させることを思いついたというわけだ。人間の最後の一人がいなくなってもアンドロイドたちが人間社会を模写し続ける。

 そうだ・・・私はその最後の人間になるかもしれないのです。私の名前はルネ208。208という数字は現存している人間たちのシリアルナンバーのひとつなのだ。

 現存するシリアルナンバーがいくつあるのかは知らされていない。全世界に散りばめられたシリアルの最終ナンバーかも知れない。


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この度、過去にブログで紹介した記事を元に再編して書き下ろした「誰にも教えたくない写真上達法!パート1~4を出版しました。著者ページは以下のURLよりご確認いただけます。(なぜかPCでのみ閲覧可能)

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写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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