ライブジャンパー

 メイはリビングでライブコンサートに参加する用意をしていた。設定は簡単だ。アーティスト 、コンサート会場の設定、友達設定(一人でもよいが、事前に友人に知らせて参加グループをつくっておく・・・これが一番面倒かな)が済んだら入力するだけ。

 高度なAI技術を搭載したロボットは、リアルタイムの視聴者に呼応したライブパフォーマンスでオリジナルの音楽を即興し、実行することもできる。多くの人々は、V(バーチャルリアリティー)とサイバネティックス・アバターを通じて自分の家に居ながらライブコンサートに参加する。アバターは最大1万人のユーザーと同時に繋がっている。音楽で同じような好みを共有する世界中の「コンサートに行く」友人と接続され、それは自分が実際の会場で一緒にコンサートを経験しているかのように感じる。これらのライヴ体験の会場はユーザー主導となる。すべての聴衆のメンバーは自分の好きな会場・コンサート環境を選ぶことができ、完全に現実的な仮想環境で、世界中の友人と一緒にいることを実感できる。

 父親のジョンは

「またコンサートかい、あんな音楽どこが良いんだ!」

「あなたのクラシック音楽を認めていないメイとお相子ですよ。私も参加しようかしら」

パートナーがたしなめた。

「お前まで何を言い出すんだ。今日はクラシック聞くぞ」

ジョンはそう言うと娘の隣に陣取った。そしてライブジャンパー(ライブやイベントにバーチャルで参加するための装置)のコントローラーを手にして操作している。ライブジャンパーは一度に10人までアクセスできるのだ。

 会場の設定はグローサーザール(ベルリンのコンサート会場)、バイロイト祝祭管弦楽団、指揮者をフルトヴェングラーに。なんだかんだ言っても、ベートーベンの第9と言えば、この「バイロイトの第9」にとどめを刺す。会場の設定は本来ならば、本拠地であるバイロイト祝祭劇場だがあえて会場をグローサーザールにした。音響効果の違いで新たな発見もあるのだ。

 ジョンは・・・冒頭の極限とも言えるピアニシモの中から、切れ切れのフレーズが聞こえてきて、やがて一つの流れへと合流して第1主題が姿をあらわしてくると、もう耳は釘付け。驀進する第2楽章に続いて、この世のものとも思えないような美しさで第3楽章が演奏されようとした次の瞬間に、突然耳障りな雑音が鳴り響いた。

「何・・・何んだ!」

 娘が目の前で思いっきり体をくねらせている。ライブに没頭しているが・・・なんと、ライブジャンパーのコントローラーをつかんでいた。ジョンのVRにメイのライヴが割り込んできたのだ。せっかくのいい気分が台無しになってしまった。コントローラーを娘から奪い返して、今度は娘のライブに割り込んでやった。

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この度、過去にブログで紹介した記事を元に再編して書き下ろした「誰にも教えたくない写真上達法!パート1~4を出版しました。著者ページは以下のURLよりご確認いただけます。

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写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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