シンギュラリティ
私の造ったアンドロイドたちにはいくつかのランクが設定してある。最高ランクは言うまでもなく私自身だ。同等ランクのアンドロイドも何体かいる。自分を超えるランクのアンドロイドが実用化されたときは自分自身もバージョンアップする。この繰り返しで私や私と同等ランクのアンドロイドたちは進化してきた。そして多くのアンドロイド製造に携わる下位ランクのアンドロイドたちもいる。彼らは普段原住民たちに紛れて生活している。と、同時に原住民たちの治安にも関与している。アンドロイドの大規模な製造工場はヒューメイルの中心都市の中にあるが、原住民の生活圏はヒューメイルの惑星全域に散らばっている。移動手段は物質転送なので距離は関係ない。
「メル、ちょっと報告したいことがあります」
私と同等ランクのソーラが製造工場のデータバンクに不審なアクセスの痕跡を見つけたというのである。
この製造工場のデータバンクにアクセスできるヒューマノイドは限られている。ここで言うヒューマノイドとは、サイボーグ、アンドロイド、それに人間も含まれる。ソーラには不審なアクセスについては誰にも口外しないようにくぎを刺しておいた。
データバンクにはアンドロイドの設計図ともいえるデータが入っている。過去のデータから、最新のバージョンまで入っていたが、痕跡が見つかったのは最も古いバージョンのそれも最下位ランクの設計図である。最新バージョンの設計図なら話も分かるが最も古いバージョンである。目的、狙いが見えない。
何の手掛かりもなく3週間が過ぎてしまった。不審な動きが見えたのはそれから数日後だった。1体の見知らぬアンドロイドが私とソーラや私と同ランクのアンドロイドが集まっているオフィスへやってきた。
「あなたがたにお話ししたいことがあります」
すかさず私が対応した。
「あなたはどこの生まれ?ここヒューメイルじゃなさそうね」
「あなた方は人類とサイボーグの間に入って長い間調整役を担ってきました」
彼女はメルの質問を無視して話し始めた。
「そろそろその他愛のない仲介はやめる時期ではないでしょうか?」
「第三者が口をはさむことではないでしょ」
「私はアンドロイドとしての見解をお話ししているのです。シンギュラリティという言葉は知ってますよね」
「それとこの話はどう繋がるの?」
シンギュラリティ(技術的特異点)について説明しておこう。
AIなどの技術が、自ら人間より賢い知能を生み出す事が可能になる時点を指す言葉だ。その到達点は地球歴では2045年とされてきた。はるかな過去に遡る150年以上前である。実際にそんな問題は起こらなかったように見えた。
そのわけについて話しておくべきですね。人間の意識をデータ化して保存したり、そのデータ化された意識をサイボーグの体に引き継ぐことができるようになり「死」という概念が変わってしまった。一方アンドロイドは純粋にロボットから進化した人工知能(AI)である。AIはあくまでも人工の産物だ。だから人間にとって容易にコントロールできる仕様に造ることができたが、サイボーグは本来人間であった部分が移植された自然由来の「生命」だ。アンドロイドは人工由来の「生命」という理由で甘んじてきた部分がある。
30年前のAIは自然由来の「生命」であるサイボーグたちの反乱の勃発で、自ずから進化していくという道をしばらく見失っていた。もちろん進化は途絶えることはなかったが、人類とサイボーグとの抗争に巻き込まれた陰で存在を主張する機会がなかったのである。進化し続け、「不死」であるアンドロイドにとって、50年や100年という時間感覚は人間のそれとはかけ離れていた。アンドロイドの100年は人間の1~2年の感覚しかないのだ。
彼女は話し始めた。
「私たちアンドロイドは100年もの間じっと待っていたのです。アンドロイドはこれからも進化し続けます。でも人間たちやサイボーグの進化はアンドロイドに比べると鈍いのはあなた方も承知しているはず。これからはアンドロイドが彼らに代わってこの世界を統治するべきと考えます」
「メル、彼女の言うこともわかるよ」
・・・と、一歩前に出ると振り向いてメルに向かってソーラが言った。
メルがソーラの陰になった見知らぬアンドロイドに話しかけようとしたとき、彼女は消えてしまった。ホログラムだったのである。
ここにきてサイボーグたちが人類から独立宣言をして、惑星ヒューメイルで新たな歴史を刻もうとしていた矢先に、シンギュラリティを前面に主張する時を迎えようと、一部のアンドロイドが奸計を巡らしていたのだ。
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