リリーの徴候

本編は「転送ポータル」・・・続編です。


 実はリリーが日本のバイオスフィアとして機能した海中都市の「水族館」に赴いたきっかけは前々日に見た夢であった。一緒になって泳ぐ2頭のイルカの夢を見たのだ。VRを利用して、希望する海の生き物たちになりきって一緒に泳ぐことができる水族館、そしてイルカのブースが夢に出てきたのである。しかし、これは悪夢ではなかった。とても心地よい夢であった。

 以前は人間であった時、うつ状態になるとよく悪夢でうなされることがあったが、サイボーグに転身してからはすっかり夢というものと縁が切れていた。しかし、サイボーグに転身してヒューマンセンスを得てから、また夢をよく見るようになった。

 リリーは久しぶりに夢を見た。サリームメンバーとの初めての会食があったその夜である。ラウロと一緒にレスキュー訓練をしている夢をみた。ラウロが日本に行きたいと言い出す前のことである。リリーはこの時直感的にラウロがレスキュー入隊を望んでいると感じていたのである。しかし、このことは自分の胸の内にしまっていた。

 そして次に見た夢は、剣道の夢。剣道などこれまでに経験したことがないのに夢に現れた自分が日本刀を持って戦っている夢だ。その翌日、ルスラン博士が3人を日本から呼び戻して”ヒート・セーバー”を紹介してくれた。

 単なる偶然とは思えない夢の内容にリリーは戸惑っていた。

 夢を見るメカニズムには未知の生物学的プロセスや認知機構が関わっていると考えられている。予知夢とは潜在意識の中で予想していることを夢に見ているだけという説もある。第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、ホワイトハウスに棺が安置され、人々が「大統領は暗殺された」と涙ぐんでいるという不気味な夢を見たそうだ。それからわずか13日後、彼は本当に暗殺されてしまった。しかしリンカーンにとってみれば、暗殺は恐ろしい夢の再現ではなく、日頃からの懸念が現実になっただけではないのか。彼はずっと以前から暗殺の恐怖に脅かされていたという。

 一方では、量子物理学と予知夢の関連が提唱されている。量子物理学における奇妙な時間の概念に注目し、夢の中では起きている間とは違う形で過去・現在・未来を捉えている可能性を指摘している学者もいる。北米の先住民や、シャーマンや霊媒の間でもよく見られるもの。彼らにとって時間はらせん状であり、そのらせんの中に人間や自然全てが繋がっているのだという。だから、未来を夢に見ることは全く不思議なことではないというのだ。

 いずれにしてもリリーは「予知夢」と言われているメカニズムを体験しているといっても過言ではなかった。



 笑われてもいいという思いでリリーはサイモンとラウロに打ち明けた。

 

 リリーはサイモンに目を合わさずに、うつむき加減につぶやいた。

「最近私、よく夢を見るようになったの」

「どんな夢?」

「火星人の夢」

ラウロがおどけたように

「なんだいいきなり・・・」

サイモンも

「タコみたいな・・・にゅるにゅるの手足が何本も生えていて・・・」

「私は真剣なのよ、笑わないで」

ラウロが

「ごめん、それで火星人ってどんな姿してるの?」

「地球人とそっくりで、何かをしきりに訴えているみたいなんだけど・・・」

サイモンが

「なんで火星人だと思うんだ?」

「だって、カーラが・・・夢に出てきたカーラが火星人だって言ってるの、それ以上のことは目が覚めてしまって・・・でも、同じような夢を2度も見たのよ」

さらに続けて、

「ラウロのレスキュー入隊も夢で見たし、それにルスラン博士からヒート・セーバーを実際に見せていただいた時も、何日か前に夢を見たわ、私が日本刀を振り回している夢・・・」

ラウロが

「おいおい、それは何だかただ事じゃなくなってきたね」

サイモンが

「一度博士たちに話してみよう、それに・・・カーラにも伝えて確かめてみるってのはどうかな」

サイモンは早速リリーに現れた徴候をマーズオフィスのカーラにも伝えた。

すると・・・”火星人の夢”は現実にカーラの身に起こっていたのだ。

リリーが

「あっ、それからもう一つ昨日見た夢が・・・夜空に不思議な光る大きな輪のようなものが地面から立ち上がっている夢よ」

ラウロが

「なんだいそれは?」

「まったく分からないわ」

サイモンは

「それはまさに予知夢だね。僕はよくない前兆に思える。すぐに博士たちに伝えよう」


 3人は翌日の朝8時にはソフィアの本社オフィスにテレポートで現れた。スカイ・フォーもファンタスティックスリーも、テレポート能力は元来タイプワンであったが、テレポート能力がタイプツーにアップグレードできたのは、ヒューマンセンス取得のおかげだ。ヒューマンセンスは本来生身の肉体に備わった感覚だが、人工由来の身体にも大きな効果を及ぼしていたのである。


驚いたのはウィン博士だ。

「何だ!君たちが連絡もなしに急に現れるのは、よほどのことだな」


…続く

写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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