呪われた物流

 雲一つない朝、ロビンソン家の空中庭園には淡い光が差し込み、長女シェリルの誕生日を祝う穏やかなはずの空気が満ちていた。完全自動運転のエアカーが頭上を行き交い、AIヒューマノイドの配達ロボ「パル」は今日も慌ただしく宙を舞っている。

「お誕生日おめでとう、シェリル。プレゼントはもうすぐ届くはずよ」

母ヘレンは微笑んで言った。家族の期待を一身に背負うロビンソン家の朝。しかし予想外の不穏な予感が、静かな空気に忍び寄っていた。

 10分後、玄関のスマートゲートが「ピンポン」と鳴る。配達ロボ・パルが到着したのだ。いつものように、扉ロックが瞬時に解除され、シェリルはわくわくしながら小包を受け取った。しかし封を切ると、中に入っていたのは…

・赤いぬいぐるみ(しかも見覚えのないキャラクター)

・謎の工具セット(配線と基板が剥き出し)

「これ、私が頼んだVRクリスタルペンダントじゃない…?」

シェリルの瞳は期待と失望が交錯し、テーブルの上に散らばった包装紙はまるで壊れた夢のかけらのようだった。

 慌てた父ジャックは、スマートホログラムを起動して問い合わせ窓口に接続した。

「注文番号RM-0412…間違ってますよね?」

しかしAIオペレーターの無機質な声は、マニュアル通りの謝罪と簡易再配送手配のみを淡々と告げるだけだった。

 昼食用に予約していた「ナッツベリー・トーキョー風ラーメン」もまた、奇妙なものとすり替えられていた。

届いた保温パックを開けると、中から飛び出してきたのは揚げバター塊とドライアイスの煙。食卓に白いモクモクが立ち上り、家族はむせかえりながらも唖然と見つめていた。

「まさか、全部の配達が誤配達ってこと?」

 ヘレンの声は震え、シェリルは涙をこらえた。二つのトラブルは単なる偶然に見えたが、ロジスティック中枢のAI「オーロラ」が抱える深刻なバグが原因だった。宇宙線ノイズの影響で誤コードが書き換えられ、リクエストIDがランダム化してしまったのだ。

 午後になると、同様のトラブルが街中に広がっていることが報じられた。

・誕生日ケーキを注文した家にはサバイバルキット

・生花の定期便には猫用トイレ砂

・小型家具配送にはゴミ収集容器

配達ロボは謝罪の定型文を繰り返すだけで、混乱は拡大の一途を辿っていた。

 深夜、ジャックは無人エアカーの飛行ログを解析するため、倉庫街のメンテナンス施設へ向かった。なんとジャックは自身がAI「オーロラ」専門技術者なのだ。同僚の技術者リーが待ち受けており、二人でサーバールームに潜入する。

「原因はオーロラの自己修復アルゴリズムにある。誤ったデータを“正しい”と判断して上書きしちゃったんだ」

リーの声には焦りと希望が混ざっていた。

 ふたりは分散ノードを再起動し、誤配達データを修正するためのパッチを適用する。冷却ファンの音だけが響く暗い部屋で、ジャックは自分の家族の顔を思い浮かべながらコードを打った。


 翌朝、再起動を終えたオーロラが再び正常稼働を始めた。ロビンソン家には無事、新しいVRクリスタルペンダントと正真正銘のラーメンが届けられた。

「今日は最高の誕生日になりそう!…1日遅れだけど」

シェリルの笑顔は夕焼けに映え、家族のテーブルはようやく平和を取り戻した。

 しかしその夜、再配達されたプレゼントを開けた瞬間、シェリルはまた言葉を失う。箱の中から現れたのは、妹のエマが誤って頼んだ「ホログラム昆虫コレクション」だった。

シェリルは一瞬唖然としたが、すぐにケタケタと笑い出す。

「もう…呪われた物流ね!」

家族もつられて笑い、この日の夜は小さな虫たちのホログラムが舞うファンタジーで締めくくられた。

 未来の物流は確かに便利だ。だが、システムがひずんだとき、人々はユーモアと温かさでしか乗り越えられないのかもしれない。



写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

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