続編~境界市

 政府は過去において、法整備を敢行してサイボーグへの制約を課していた。

 テクノロジーが常に更新されて生命維持に貢献している。もちろん生身の人間の平均寿命も120歳に達していた。寿命が尽きる前にサイボーグとして生きていくという選択肢もある。香奈に限らずサイボーグと呼べる人々は事実上「不死」を獲得している。だがそれには大きな違いがあった。

 サイボーグには、2種類の管理体制が敷かれていた。

生身の人間がボディショップなどで代替えボディを用意して活動する場合を2型サイボーグという。人間としての権利を保有したままサイボーク活動ができる。もう一つは生体を失い完全にサイボーグとしての活動を余儀なくされた環境で生きている者を1型サイボーグという。

 2型サイボーグはいつでも生身の人間に戻ることができる。それに対して、生身を失って完全なサイボーグ活動を余儀なくされている1型サイボーグは、人間としての権利は剥奪され、サイボーグとしての制約が常に纏いついている。ナノテクノロジー(ナノポッド)がサイボーグの身体能力を制御している。つまり常に人間の管理下に置かれる身であること。

”永遠の命”の代償は大きいということだ。

1型サイボーグの・・・ある意味虐げられた環境を何とか改善したいと思っていた香奈は、ある組織に所属していた。”サイボーグのための国づくり”計画に参加していた。 ”サイボーグのための国づくり”計画とは、同士を集めて国の法整備の根幹を崩して、生身の人間と対等な環境を作り出すことだったが、そのやり方が短絡的過ぎた。組織はテロ組織のようなものだった。まるでハッカー集団だ。表立った抗議活動はできない現状で、政府の関係先の関連企業を標的にしようとしていたのである。リバース・ラボ社も組織に掌握されていた。

「話し合って解決すべきじゃないの」

「それができれば苦労はしないよ」

組織の幹部は強引だった。

「政府の役人たちは、100%の確率でサイボーグはいない。そんな彼らが我々の言うことを聞くと思うか、端から聞く耳を持っていない。1型サイボーグたちは皆、もう我慢の限界を超えているんだ!働いても働いても、生身の人間よりも給料は安い。人間にはない体力のおかげで長時間労働は当たり前、与えられるのは、力仕事、汚れ仕事が関の山だ・・・でも、不満があっても何も言えないんだよ、ナノポッドのおかげでね」

ナノポッドとは…相手が人間以外であれば発動しないが、生身の人間に対してのみ反応する抑制システムが体内に埋め込まれているのだ。これによって、生身の人間に対しては直接的な暴力をふるうことはできないのだ。

・・・


 かつて香奈は2型サイボーグだった。だが今は1型サイボーグとして生きている。リバース・ラボ社での意識移植手術で生身の身体を失ってしまったのだ。激しく損傷していた生体から意識をサイボーグボディに移植した後に、生体は蘇生できなくなったのだ。

香奈は組織の幹部と激しく対立し抵抗していた。ある時、香奈は組織に殺害されそうになったが、一命をとりとめた。これは組織の計画的犯行。それは、無理やり1型サイボーグへ移行させるための犯行だった。

街の入口には、錆びたアーチが立っている。

 かつては観光地のゲートだったが、今は「境界市」と手書きで上塗りされている。

地図には載らない。行政区分もない。

 ここに住むのは、帰る場所を失った者たち――家を失った者、国籍を失った者、記憶を失った者、そして“人間”という分類を失った1型サイボーグだ。

 通りには、廃材を組み合わせた屋台が並び、売られているのは古い義肢や再生バッテリー、期限切れの栄養パック。

通貨は信用されず、物々交換が主流だ。

「昨日のパンと、今日のニュースを交換しよう」

そんな声が飛び交う。

夜になると、街灯の代わりに、誰かが持ち込んだ発電機が低く唸り、ネオンの残骸がぼんやりと光る。

壁には落書きがある。

《ここでは誰も“帰れ”とは言わない》

それは慰めであり、呪いでもあった。

境界市の空気は、奇妙に穏やかだ。

誰も他人の過去を詮索しない。

ただ、朝になればまた市場が開き、夜になればまた発電機が唸る。

この街では、それが“日常”と呼ばれている。

 雨上がりの舗道は、油膜の虹色をまとっていた。

新参者香奈は、背中のリュックを握り直し、錆びたアーチを見上げる。

そこには、かつての観光地の名を塗りつぶすように、手書きのペンキで《境界市》と記されていた。

文字は歪み、乾ききらない赤がまだ滴っている。

 一歩踏み入れると、空気が変わった。

湿った金属の匂い、焦げた電線の匂い、そしてどこか甘い香料の混じった煙。

通りの両脇には、廃材で組まれた屋台が並び、義肢や古い端末、色あせた衣服が無造作に積まれている。

値札はない。代わりに、売り手と買い手が短い言葉を交わし、物と物を手渡し合っていた。

「新顔か」

声の主は、片目が義眼の老人。

問いかけというより、通過儀礼のような響きだった。

香奈 は答えず、ただ頷く。

老人はそれ以上何も言わず、背を向けて人混みに消えた。

 遠くで発電機が唸り、ネオンの残骸がぼんやりと灯る。

その光に照らされ、壁の落書きが浮かび上がる。

《ここでは誰も“帰れ”とは言わない》

香奈 は、その言葉を胸の奥で反芻しながら、さらに奥へと歩みを進めた。

 境界市に入って三日目の夕方。

 香奈 は市場の端で、片膝をついて何かを直している少年を見つけた。

年の頃は10歳ほど。手には大人用の義手の関節部品。

香奈 は思わず声をかけた。

「それ、どこで――」

その瞬間、周囲の空気が変わった。

屋台の売り手が手を止め、視線だけが香奈に向けられる。

誰も何も言わない。

ただ、少年は顔を上げず、部品を布袋にしまい、路地の奥へ消えた。

背後から、低い声がした。

「ここじゃ、過去を聞くな」

振り返ると、初日に会った義眼の老人が立っていた。

「名前も、来た理由も、持ってる物の出所も。聞いたら、聞いた方が消える」

老人はそれだけ言うと、また人混みに紛れた。

市場のざわめきが戻る。

だが香奈 の耳には、さっきの沈黙の重さがまだ残っていた。

・・・・・・

 あれから30年という年月が流れていた・・・

香奈は今日、公務で出張だ。

公用車に乗り込む矢先に後ろから

「ちょっと待ってください、香奈市長!…今日の会合、私も同席したいです」

振り向くとそこには…あの佐藤が立っていた。

「境界市」は…

今や人口10万人を超える都市に成長し、その大半は1型サイボーグで占められていた。


・・完

写し屋爺の独り言by慎之介

SFショートショート集・・・《写し屋爺の独り言by慎之介》 写真関係だけではなく、パソコン、クラシック音楽、SF小説…実は私は大学の頃、小説家になりたかったのです(^^♪)趣味の領域を広げていきたいです。ここに掲載のSFショートの作品はそれぞれのエピソードに関連性はありません。長編小説にも挑戦しています。読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。小説以外の記事もよろしく!

0コメント

  • 1000 / 1000