ジミーの異変
あれから1ヶ月が過ぎていた。
キャッツアイという宝石があることからも分かるように、猫の目に魅力を感じるのは人類共通だが、暗闇でも見えると聞くと、視力がとても良いように思われるかもしれない。しかし、猫の視力は人間のおよそ10分の1程度だ。視力0.1~0.2ほどしかない。そのため、全体的に靄がかかったような、輪郭がぼやけた状態で景色やものが見えている。しかし、肉食動物である猫は、獲物を狩るための機能として、動体視力がとても優れている。遠くの物を見るための視力に関しては人間より悪いので、人間であれば少し離れた程度の距離でも物があまりよく見えないのだ。猫が見せる首を傾げる仕草は、物を見ようとして角度を変えていると考えられている。反面、動く物をハッキリ見分けることができたり暗闇で良く見えたり、人間にはない優れた能力を持っている。
またしてもジミーから要望が提出された。
”視力を人間並みにしてくれ”
猫はとても動体視力に優れた動物で、1秒間に4mmというわずかな動きでも感知できる。だが、静止した物体はぼやけて見えているので認識しずらいのだ。研究所スタッフであり、もともと飼い主であるヘレンは、これに答えようと新たな研究を始めていた。
そこで、まだ研究途中であるが、猫用眼鏡を開発した。早速ジミーはこの眼鏡を試用することにしたのである。
ところがである・・・
よくペット用メガネをかけている飼い猫の写真や動画を見たことがあるだろう。外観はそれとまったく同じである。しかし、この丸ぶちメガネのサングラスはジミー専用に作られていた。一度装着すると、ジミーの脳と直結して、肉眼が捉えた光景を脳に直接送って、矯正された映像が視野として再現されるのである。厳密に言うと視力の補完はしていない。形はサングラスだがメガネとしての機能は持っていないのだ。だが、この脳に直結した視野形成システムがとんでもないジミーの隠れた能力を引き出してしまったのである。
ジミーは今では普通の飼い猫ではない。人間たちの脳科学のおかげで飛躍的かつ人間並みに知能が発達した「猫」である。ヘレンの開発した猫用メガネの、視野形成システムの脳神経に与える影響が、ジミーの脳機能を飛躍的に活性化させたと思われるのだ。その能力は一つだけではなかった。具体的には・・・
ジミーがこの特殊サングラスをかけると、視力が上がったことに大変喜んでいた。実際には視力そのものはまったく変わっていない。脳に投影された視野映像が鮮明に認識されているということだ。元来、目から入ってくる溢れるような視覚情報を "くっきり"させて脳に伝える仕組みがある。眼の「網膜」で見た情報は、「視床」を経由して、「視覚野」に送られ、ここで初めて「見ている」という感覚が意識される。この過程で猫用メガネの視野形成システムが介入しているのであるが、他の脳神経にも影響を及ぼしているようだ。
ジミーがヘレンに対して意識を集中しているときに、ヘレンの考えている内容がジミーにもイメージとして伝わってくるというのだ。まるでテレパシーではないか。
さらに、ある日、ジミーが特殊サングラスをかけてキャットタワーで遊んでいた。最上段から飛び降りようとした時である。飛んだという意識がないにも関わらず、一瞬に着地していた。これは、まるでテレポートだ。さらに異変は続いた。
歩き始めた二匹の子猫がいる。ジミーの子どもだ。この子たちをヘレンの自宅で遊ばせていた時である。遊びたい一心の子猫が垂れ下がったテーブルクロスの端を見つけた。飛び上がって捕まえようとしたとき、クロスの上には、夏の庭に咲いていた野花が挿されていたガラス製の一輪挿し花瓶が・・・
とっさの判断で、その場にいたジミーが、クロスとともに子猫の上に落ちてきた花瓶を、元の位置に戻そうと・・・出来ないはずのことをイメージしていた。それが出来てしまったのだ。まったく手を触れることなく、突然に花瓶だけが元のテーブルに戻り、クロスは子猫の爪に引っかかって落ち、次の瞬間子猫の遊び道具になっていた。
驚いたのはジミーだ。何なんだ・・・今のは?
自分ではうまく制御できないこともあって、ジミーはサングラスをかけているときに限って頻発する異変をはじめてヘレンに報告した。
「ヘレン、最近僕変なんだ!」
「変って何が・・・?」
「飛んだり、動かしたり、ヘレンの考えてることも分かっちゃうんだ」
「何冗談言ってるの?」
ヘレンは最初取り合ってくれなかった。
精査した結果、ジミーの身体には何の異常も見つからなかった。そんなある日、ジミーはサングラスをかけて3Dモニターのニュース映像を見ていた。そこにはパニックになっている人々の映像が流れていた。そして、アナウンスが、この件に関してはスーパーツインズが収拾に動き出し、既に鎮火したことを伝えていた。
「スーパーツインズがまた活躍だね、ヘレン」
ジミーは目を輝かせた。ジミーは、例のリビア危機の報道以来、スーパーツインズの大ファンなのだ。
その時、ジミーは頭の中でスーパーツインズをイメージしていた。実際にスーパーツインズに会ってみたい!
その瞬間、ヘレンの目の前で、ジミーが忽然と姿を消してしまったのである。
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