正夢？

　生物の寿命はDNAに書き込まれている。自然のままなら、人間の寿命は約38年である。これは、DNAの解析でさまざまな種の寿命を推測する新手法で導き出された数字なのだ。このDNAの変化は寿命と密接に関係している。動物は年と取るにつれ、生体機能が衰えていき、やがて寿命を迎える。生物のDNAは、老化と寿命に関する洞察を得るうえで重要な役割を果たしていた。しかし、寿命の差を決定づけるDNA配列を見分けることは、これまでは不可能だった。

　だがDNAメチル化と呼ばれるDNAの特殊な変化を使って動物の年齢を特定する「DNA時計」の開発が進んできた。DNAメチル化は、遺伝子の配列を変えることなく、遺伝子の活性・不活性をコントロールすることができる。DNA分析による現生人類の「自然」寿命は38歳である。医学や生活様式の進歩によって現代人の平均寿命はDNAに書き込まれた寿命よりはるかに延びた。動物の寿命を推測する手段としてDNAメチル化を用いた研究で解析がすすみ、ついに動物のDNAに書き込まれた寿命をコントロールできる時代がやってきたのだ。

　猫に顔をうずめてにおいを嗅ぐ「猫吸い」なる言葉もあり、フワフワの毛や日だまりの香りに癒やされるという飼い主がいる。動物とスキンシップをすると脳内に”愛情ホルモン”と呼ばれるオキシトシンが分泌されるといわれている。オキシトシンは、ストレスや不安を軽減する作用があると考えられているのだ。現在、猫の平均寿命は猫全体の平均寿命は18.69歳。犬全体は17.26歳だったので、比較すると猫の方が長生きだという結果が出ている。人の寿命が伸びている今日、そのパートナーとも言える愛猫の寿命を飛躍的に伸ばすことも夢ではなくなってきた。

　ヘレンは今日も「猫吸い」に余念がない。研究室に閉じこもっているとついついやってしまう。研究室にはいつもヘレンの愛猫がいるのだ。何故研究室に猫がいるのかというと、ヘレンの愛猫はここでは重要な役割を担っているのである。愛猫は今年で3歳になるアメリカンショートヘア。人間でいうと28歳。それともう1匹２歳になるラグドールのメス猫がいた。猫の寿命を人間の寿命に限りなく近づけるための研究と試みがここで行われているのである。また脳科学の最先端技術を集めた研究所でもある。その最大の成果が愛猫のジミーであった。ラグドールのエミリーはジミーのお気に入りの彼女だ。エミリーもジミー同様に脳科学の恩恵を受けている。エミリーの脳への施術は例のドリーマー装置の一件から１か月後にジミーからの要望で実現したのだ。そしてさらにジミーからの要望が続いた。彼はせっかく獲得できた知識を十分に発揮できないままに寿命を迎えることの運命に強い憤りを感じていたのである。猫はたったの２０年足らずの命である。とても人間の寿命にはかなわない。できれば人間たちと同じように長寿を全うしたいと考えるようになったのである。DNAに書き込まれた寿命をコントロールするという初の試みに挑戦する事はリスクも伴う。ヘレンたち研究所のスタッフはそれを承知で実験を進めてきたのである。そんなある日、エミリーはジミーの子供を身ごもってしまったのだ。寿命をコントロールするDNA操作はすでに最終段階に来ていた。生まれてくる子供にどんな影響を及ぼすのかは未知数だった。

　約一か月半後エミリーは2匹の子供を出産した。男の子と女の子だ。そしてさらに2か月が過ぎたころ気づいた事がある。通常ならそろそろ喉を鳴らしたり感情を表すようになって、乳離れの時期で乳歯が生えそろう。でも、子猫たちは相変わらず生後3週間目くらいと変わりがなかった。子猫の成長が遅いことだ。２匹とも至って元気に母乳を飲み続けていた。

　ジミーがヘレンとエミリーに、

「何だか成長が遅いような気がするね」

ヘレンが子猫の口をやさしく開けるようにして見ると、

「乳歯がまだ生えていないわね。これはもしかして嬉しい兆候かもしれないよ、ジミー」

エミリーが、

「それどういう事？」

「つまり・・・寿命をコントロールするDNA操作が成功したってこと。そして、そのDNAをそのままこの子たちが引き継いだと考えられるのね」

「だからこの子たちは成長が遅いんだね」

　良いことばかりではなかった。子猫たちの脳への影響は未知数だ。仮に知能までもが両親のDNAを引き継いでいるとしたらこの子たちの子孫が出来たとき・・・

　ヘレンが突然叫んだ。

「大変なことになる予感が・・・」

ジミーも同様のことを考えていた。

「現実になっちゃうよ！！でも犬に関してはどうなの？」

「海外で、犬を使って同じような研究をしている研究者がいるわ」

　ヘレンとジミーが顔を見合わせた。

「本当に大変なことになるかも・・・でも、僕としてはミャンサムができたら嬉しいけどね」

突然研究室に入って来たのは悪役ブルドック、いや局長のケレニックだった。

「ミャンサムが何だと・・・」

ジミーが、

「ミャンサムとクワンサムが現実になっちゃう！！」

…続く